クラシック

2011年9月20日 (火)

『ローエングリン』~オペラ観戦メモ

知人から「チケット代行(トラ)」お願い&打診メールが来る。

「バイエルン国立歌劇場」
『ローエングリン』
9月25日

何故か、ピンポイントで空いてるんですよね、いえい指でOK
呼ばれたか!?
で、即断即決☆

そんなわけで、
「そういえば電球」と思い、確認のため、過去の『ローエングリン』参戦歴(プログラム)を引っ張り出してきました。

1995年7月「開店」するまで、年間「100本」ほど(6割クラシック)「現場」に行ってました。
「その流れ」ピックアップです。
※でも(本格的な?)「オペラ」は、「ロイヤルオペラ」が初でした。

1993年『ベルリン・ドイツ・オペラ』
演出(全三作):ゲッツ・フリードリヒ
『ローエングリン』@東京文化
指揮:ティーレマン
ローエングリン:ポール・フライ
エルザ:エヴァ・ヨハンセン
国王ハインリヒ:マンフレート・シェンク


『トリスタントとイゾルデ』@NHK
指揮:ジリ・コート
トリスタン:ルネ・コロ
イゾルデ:ギネス・ジョーンズ
マルケ王:ロバート・ロイド
ブランゲーネ:ハンナ・シュヴァルツ


『ニュルンべルクのマイスタージンガー』@東京文化
指揮:フリューベック・デ・ブルゴス
ヴァルター:ポール・フライ
エファ:ヒレヴィ・マルティンペルト
ザックス:ヴィクター・ブラウン
ポーグナー:エーリッヒ・クノット


この公演は、皆圧倒されましたが、とりわけ、
『マイスタージンガー』には、超感動&落涙でした。
幕が下りた後の「沸騰高揚感」今でも生々しく思い出されます。

で、翌年。
1994年『ライン・ドイツ・オペラ』
『ローエングリン』
指揮:ハンス・ヴァッラート/ヴァルター・E・グーガーバウアー
ローエングリン:ルネ・コロ/ホルスト・ホフマン
エルザ:エヴァ・ヨハンセン/ベアトリス・ニーホフ
国王ハインリヒ:ハンス・チャーマー/マルコルム・スミス
※「ダブル・キャスト」どちらか不明。


『魔笛』
指揮:ハンス・ドレヴァンツ
ザラストロ:クルト・モル
夜の女王:エレーナ・モスーク/馬場ちひろ
※「ダブル・キャスト」同上。


もうついでだ!ってことで、
他に、この前後行った「オペラ」は、、、。

「ロイヤル・オペラ」1992年
『フィガロの結婚』~ハイティンク
『ドン・ジョヴァンニ』~ハイティンク
『コジ・ファン・トゥッテ』~テイト

「バイエルン国立歌劇場」1992年
『フィガロの結婚』~サヴァリッシュ

「ウィーン国立歌劇場」1994年
『フィガロの結婚』~アバド

「プラハ国立劇場オペラ」1995年
『フィガロの結婚』~オリベル・ドホナーニ/ハルペツキー(どちらが振ったか不明)
『ドン・ジョバンニ』~同上

「ベルリン国立歌劇場」2007年
『トリスタンとイゾルデ』~バレンボイム
『ドン・ジョバンニ』~バレンボイム

「ザルツブルク音楽祭製作」2008年
『フィガロの結婚』~ティアーティ

そうです、あたしゃ『フィガロ』が好きなんです。
今までで「一番☆」なのは、やっぱり「アバド~ウィーン」ですね。
序曲からじゅんわり来て、幕が上がって、第1曲・二重唱「三尺,四尺,五尺」で、既に「あまりの幸福感」から涙、、、でした。
バーバラ・ボニーがもう素敵過ぎでハート

以上、後半は自己確認メモ。
※歌手も入れたいのですが、、、本日はこれにてm(__)m

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2011年2月23日 (水)

『冬の旅』連想、、、

Photo

シューベルト『冬の旅』
クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン)
ゲロルト・フーバー(ピアノ)

2008年2月1日                           
@王子ホール  

を観(聴い)ていて連想止まらず、、、。

フィッシャー=ディースカウ 
デムス
1965年5月
@ベルリン
※彼40歳直前の吹き込みになる。

この盤は、多分1966年の秋か冬に買ったと思うので、
「この(冬の旅)道45年」!?と言うことになる。
(が、ほとんど「進歩」してない、と言う噂も、、、)
聞く旅に、ではなく(^_^;)、度に、いつも、
「荒涼とした絶望と悲嘆」に文字通り凍てつき、立ち尽くし、
あるいは、
「暖かな安らぎ」に安堵し、
そして
「辻音楽師」と共に行く先に、「救い」はあるのか?
などなど、、、
様々なものをもらっている「シューベルトの絶唱」=『冬の旅』
いつか(第一曲)『おやすみ』くらいは歌いたいもんだ、と思っていたりもする。 
そして、未だに、正に「刷り込み」としての「フィッシャー=ディースカウ」
彼の歌声、解釈が、「リファレンス」 

と書いてきて、フト、、、。
「reference」
「原音忠実再生」(的)なら、
「r?frəns」
なわけで、
「レファランス」
もっと突っ込むと、
「レフルンス」
(これだって、相当「日本語」だけどたらーっ(汗))

「re」は、「レ」なのか「リ」なのか?
「ポンニチ」本には難しい。
例えば「この」動詞
「refer」
は「リ」なわけでして、、、。

しかし、ですね、こんな記述のサイトもあった。
「referは「リファー」が一般的ですが、実は、母音の発音記号[i]は、そこに強勢がない場合、弱い「エ」と読むのです。
だから、referは「レファー」なのです。強勢のない[i]は、弱い「エ」であることはあまり知られていません」
ウーム、、、ますますごっちゃになっていくわしよあせあせ(飛び散る汗)

本
(前略)
「ポンニチ」
面倒臭い時には、「ポン」だけで済ませる。さらにそれが引っくり返ることもある。
外国の町を歩いていて、アジア系の顔の奴とすれ違ったとする。
「ウンポかな」
(私注:「ウポ」(鼻音アタマの2モーラ(拍))では座りが悪いので、3モーラにして「ウンポ」)
「ちょっと黒すぎるな。ネシア系ナイチャではないか」
などと話す。
(中略)
この二人(坂田明&小山彰太)と共に、おれはしょっちゅう旅に出かけ、演奏をし、酒を飲み、ハナモゲラと化し、エケセテネとわめく。
(後略)

山下洋輔『ピアニストに御用心』(新潮文庫。p.13)
※「初出」『小説現代』(1978年8月号)

えんぴつ
この「ウンポ」
以前日記に書いたことがあります。
「さて何の事でしょう?」と。

『冬の旅』から、なんだか「連想」止まらずの娘(おやじだけど)になっちまいましたぜ、だんな。
と言うことで、本日の戯れ言はこれにてm(__)m
ふぅ~。

カメラ
この「非常口の男」(立ち去る男)が気になる電球
この歌集とびみょ~に連動していて。
主人公、決して走りはしないのだけれど、、、。

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2011年2月 9日 (水)

ベームのつぶやき(ぼやき)

1975年「べーム~ウィーン・フィル」来日番組。

先ずは『ブラ1』
正に「王道」を行く、、、しかしそこは「人間ベーム」
ライヴならではの、終結部に向かっての熱い盛り上がりに血が滾るぜ、ブラボーぴかぴか(新しい)

ここに http://bit.ly/hV4qSh 終演後の写真がある。
ベーム、
(コンマス)ヘッツェル(後年52歳の働き盛りで、滑落事故死)
その後を継いだ、キュッヒル。
正に「一時代」である。

続いて流れた「リハ」
超が付くほど面白かった☆
ベートーヴェン『第4』第1楽章。

(かな~り私的「アレンジ」にて)
先ずは、その冒頭の和音。
「な、なんだ。合ってない!(特に)第2ファゴット」
(名指しされた奏者は、、、)

「全然だめだ!こりゃひどい」
(天下のウィーン・フィルに向かってこれですあせあせ(飛び散る汗)
でも、ベームにしてみれば、みんな「小僧」か)

「わしはちゃんと四拍子振ってるんだぞ」

「立ちあがって、四拍子で踊り出したいくらいだ、、、(ブツブツ)」

「遅い」

「早い」

「よし良くなってきたぞ」

(以下略)
※これって、ほぼ「ニコ動」の「(流れる)セリフ」ですよたらーっ(汗)

ベーム大先生、しらっとして、こ、こんなこと、言ってるん(たん)ですから。
(「その間」全然止めてないんですけど、、、)
「驚愕のつぶやき」(ぼやき)でしたよ、へへぇいm(__)m

会場になった「NHKホール」の「照明」と「舞台上の(オケの)段差(高低)」に注文(と言うより「文句」)をつけていた。
「もっと暗くならんのか」
「(最後尾の)トランペットが見えん」(奏者とアイコンタクトができん)→「なんとかしろ」

そして、その後の「インタビュー」
「日本の聴衆(お客)は、とりわけ、若い人たちの反応は素晴らしい。
ざわざわしている時は、お客は何も聴いていないのだが、
日本のお客の集中力ときたら、、、そして、その後の熱狂!
云々」
(ほんとに、いたく感激していたとのこと)

「ピッチと言うものは、聴き合って合わせなければなりません。
例えば、第2ファゴット(また出たよ。よほど「いまいち感」あったのか)とオーボエが、
お互い「ピッチが違う。悪い」と言い合ったとする。
そんな時は、どちらも聴き合って、すり寄って、、、。
云々」

そして、ほとんど「国歌」の『美しく青きドナウ』
こちらも「軽妙洒脱」と言うより、「堂々たる」演奏。

ちなみに、この年の「熱狂の日々」、私は『未完成』『ザ・グレイト』の日に参戦。
アンコールに、なんと『マイスタージンガー』(前奏曲)が来ましたよ!来ました富士山
この日は(クラシックのコンサート)「我が生涯のベスト3」であります。

このシリーズは(NHK主催だった)「応募抽選制」で、
今知ったのだが、なんとその数「17万人」衝撃
ひょえ~!
良く当たったもんだ。

余談ながら、その時の「もう一人の帯同指揮者」が、ムーティ。
(誰すか?あ~イタリアの若手ね。って感じで、ノーマークだったなぁ)
その後、その時の「ご縁」と言うか、
2008年、33年ぶりの『ウィーン・フィル&ザ・グレイト』「再戦」を、このムーティにて。
初めて「クラシック遠征」と言うものをやった@新潟新幹線
(だって『ザ・グレイト』は、新潟だけだったんだもん。
何故か「その日」ライヴ入れてなかったし。
呼ばれてる、、、)
そして、敢えて(この時しかない!と思った)母に「S席」をプレゼント(我々C席)
母は、今はもう「行けない体」になってしまったので、(コンサート的には最後の)親孝行になったかな。
母もたいそう喜んでくれたし、、、。
「知らずに涙出てたよ」

つい「長文」になりました。失礼m(__)m

クリップ当時の主なメンバー
第1ヴァイオリン:ヘッツェル、キュッヘル、エーリヒ・ビンダー、ウェルナー・ヒンク。
第2ヴァイオリン:ウィルヘルム・ヒューブナー。
フルート:ウェルナー・トリップ、ヘルベルト・レズニチェク、ヴォルフガンク・シュルツ。
オーボエ:ゲルハルト・トゥレチェク、ワルター・レーマイヤー。
クラリネツト:アルフレート・プリンツ、ペーター・シュミードル。
ファゴット:エルンスト・パンペル、ディートマル・ツェーマン。
ホルン:ギュンター・ヘグナー。
トロンボーン:ルドルフ・ヨーゼル、ユゼフ・ローム。
トランペット:アドルフ・ホラー、ワルター・ジンガー。

『カール・ベームとウィーンフィル(1975-1980)』より http://bit.ly/fqzYpU
こちらのブログは、データ詳細にして、本文も中々読ませます。

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2011年1月17日 (月)

『諸国民の讃歌』~「音楽と政治」トスカニーニの場合

ヴェルディ『諸国民の讃歌』
トスカニーニ指揮。
1944年5・25の動画。
これが凄いです!
http://bit.ly/eA5KIJ

クリップ関連ブログ
http://bit.ly/grxwRy
http://bit.ly/fNonP8
http://bit.ly/fgIiVM
http://bit.ly/fwHmXD
http://bit.ly/gBpl6Z
などなど、、、。

『ラ・マルセイエーズ』(フランス国歌)
『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』(イギリス国歌)
『マメーリの讃歌(イタリアの同胞よ)』(イタリア国歌)

そして、ですよ、
『インターナショナル』(ソ連国歌・として※)
が、トスカニーニの指揮で、ですよ、あなた!
正に「驚天動地」富士山
であります。
※「国歌」としては1943年まで。
http://bit.ly/h99Lms

そして、そして、最後に「真打ち」登場☆
『星条旗』(アメリカ国歌)
http://bit.ly/fDW7oT
この盛り上がり方は尋常ではありません。
正に「トスカニーニ」ならではのたたみかけにひれ伏しです。
同時に、なんだか自然と目頭が熱くなってくるわけです。
※私「米的愛国者」でもなんでもありませんが。

この収録時、イタリアの敗戦を受けてのものですから、
トスカニーニの心情いかばかりか。
「伝統の祖国」→「裏切られし祖国」
と「改変」して歌わせているわけですから、、、。

敢てドイツに留まった、(様々な意味で)「屈折」したフルトヴェングラー。
※最終的にはスイスに亡命。
当初から亡命を選択した、(様々な意味で)「明快」なトスカニーニ。
改めて、二人の巨匠がとった(辿った)「音楽(表現)と政治」を想います。

クリップ「トスカニーニ最後の演奏会」
『タンホイザー』指揮中、記憶障害により(?)「中断」。
そのままステージを去る。直後に「引退声明」
しかし、この「定説」とは違う「異説」もあるんですね。
http://bit.ly/f7UbMl
(この項末尾にあり)

それにしても、この「引き際」、(桂)文楽の「最後の高座」とダブるんです。
高座で「絶句」し、
「……勉強をし直してまいります」
以降、高座に上がることはなかった、、、。
http://bit.ly/hRhU5a
(この項末尾近くにあり)

「トスカニーニの引退声明」
"The sad time has come when I must reluctantly lay aside my baton and say good-bye to my orchestra."
「我が指揮棒を不本意ながら置き、なおかつ我がオーケストラに別れを告げねばならぬ、悲しい時が来てしまった」

「The sad time has come」かぁ。
上記の「文楽」と同じように、「覚悟」して用意しておいた声明のような、、、。

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2010年11月28日 (日)

「諏訪内晶子」からの連想、、、(超個人的メモ)

11月26日(金)@サントリー・ホール
ゲルギエフ~ロンドン交響楽団
諏訪内晶子
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
(アンコール)バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番「アンダンテ」
マーラー:交響曲第1番『巨人』

「アンコール」は「前回」と同じ、だった。なんだか懐かしかった。

※なんだか、右サイド(通路)が物々しくて「!?」だったが、、、皇太子が来てた。


クリップ前回の「諏訪内」
2007年11月8日@サントリー・ホール
エッシェンバッハ~パリ管弦楽団
諏訪内晶子
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
(アンコール).バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番「アンダンテ」
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ストランビンスキー:バレエ音楽「火の鳥」組曲(1919年版)
(アンコール)
ラヴェル:ボレロ

クリップ前回の『巨人』
2007年7月6日@オペラ・シティ
パッパーノ~サンタ・チェチーリア管弦楽団
※お目当てのアルゲリッチ→キャンセル。でもこれが「表目」☆
ベートーヴェン:交響曲第5番『運命』
マーラー:交響曲第1番『巨人』
(アンコール)
マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
ヴェルディ:「運命の力」序曲
プッチーニ:「マノン・レスコー」間奏曲
ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲(後半(例の「あそこ」)から~)

クリップ皇室来賓連想(皇后)
2008年11月4日@サントリーホール
テルミカーノフ~サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団
庄司紗矢香
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
(アンコール)バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番「サラバンド」
同:交響曲第4番
(アンコール)
エルガー:愛のあいさつ
チャイコフスキー:『くるみ割り人形』~「トレパック」

※この日の帰りに、「赤坂1丁目」に向かう地下通路で「生・諏訪内」とすれ違う☆
テルミカーノフにご挨拶だったのか。
それとも「別件」!?

クリップバッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番「アンダンテ」、と言えば(の連想)
2007年12月1日@NHKホール
ギルバート~NHK交響楽団 
ツィンマーマン
メシアン:ほほえみ
ベルク:ヴァイオリン協奏曲
(アンコール)が「それ」だった電球
ベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』

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2010年11月16日 (火)

『ウィーン国立歌劇場』総支配人・ホーレンダー・フェアウェル・ガラ

『リエンチ』序曲。メータ。
で開幕。

☆以下「歌もの」(指揮者のみ記載)

トップバターは、
『ジークフリート』パッパーノ。(ドミンゴ)
※いきなりすんごい拍手だ富士山
そりゃ「ドミンゴ先生」だもんな。

『トロヴァトーレ』メータ。
『コジ』ウェルザー=メスト。
『フェドーラ』ルイージ。
などなど、、、。

『無口な女』(クヴァストホフ)
「なんと音楽は美しい、、、。なんと人生は美しい、、、。」
彼は「オペラ」に出たことあったんだっけ?

(メモ代わりに)打ってたら疲れたバッド(下向き矢印)
もう止め!

「〆」は、
『ファルスタッフ』~『人生はすべて冗談』


と言うことで、途中モーローとしつつ、なんとか完観。
4時間余り、お疲れ様でした~おれ☆

乙女座本日の『ウィーン国立歌劇場管弦楽団』(≒ウィーー・フィル)~「コン・ミス」だった。

クリップ「収益」は、モルドバの孤児300人へ送られる。とのこと(ホーレンダー)

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2010年8月13日 (金)

志ん朝、そして、冗談音楽

「検索の旅」は続きます、、、。
(前々項より)

「ルイ・グレーラー」関連として、こんなものが!
2曲目に注目あれ☆
「志ん朝」さんの活字が飛び込んで来ました。
このことは、以前何かで読んでいて、インプットされてはいたのですが、、、。
「これ」だったのか電球
(志ん朝さん、29歳)

『山本直純forever-歴史的パロディ・コンサート』
【DISC-1】
・ベートーヴェン/山本直純 変曲
交響曲 第45番「宿命」
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
1967年7月25日 東京文化会館大ホール

・プロコフィエフ
ピーターと狼
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
落語台本:佐藤信夫  語り手:古今亭志ん朝
1967年7月25日 東京文化会館大ホール

【DISC-2】
・ベートーヴェン/山本直純 変曲
ピアノ狂騒曲「ヘンペラー」
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
ピアノ:伊達 純
1968年7月18日 東京文化会館大ホール

・メンデルスゾーン/山本直純 変曲
ヴァイオリン狂騒曲「迷混」
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン:ルイ・グレーラー
1969年8月9日 東京文化会館大ホール
(以上)

先ず「変曲」ってのがイイですね。
「狂騒曲」とか。
そして、「標題」がふるってる、と言うか、ひねりまくり、笑えます(^_^;)

「宿命」←「運命」(交響曲第五番)
※「45番」と言うのは、「1~9番」を足すと「45」!からなのだそうです。

「ヘンペラー」←「皇帝(エンペラー)」(ピアノ協奏曲第五番)

「迷混」←「メンコン」(メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(コンチェルト))

ですよあせあせ(飛び散る汗)
全く、、、。

でも「こういうの」好きですよ。
『ホフナング音楽祭』
(私が聴いていたレコードは、1960年前後のものでしたが、今は廃盤のようです。
逆に「甦る~」的に、1980~90年代の「映像入り」が、あちこちに流れていますね)
とか
『P.D.Q.バッハ』
http://ja.wikipedia.org/wiki/P._D._Q._%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F
とか。
でも、「元祖」は、(ものほんの)モーツァルトの『音楽の冗談』(K.522)でしょダッシュ(走り出す様)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E5%86%97%E8%AB%87
この曲、相当に凄い!ですし、笑えます。

と言うことで、、、
ふぅ~長い旅でした。
この間3時間以上。
(「検索の旅」に出ると「アッ」と言う間に時間が経ってしまいます)
お疲れ様でしたぁ~。

クリップ「志ん朝さん・番外ネタ」として、
『ソロバン節』(「ラップ」!してます)
『ロボタンの歌』(シングル・現物あり)
などがあるのですが、これはいずれまた。
おあとがよろしいようで、、、。

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「17センチLP」から始まった、、、

前項の連想(回想)話です。

当時、小学校5年生に、30センチLPを買う「余裕」はありませんでした。
なので「レコードはじめのいっぽ」は、もっぱら「こちら」でした。

例えば、
『運命』(ドラティ)
『メンコン』(オークレー)
『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』(プロハスカ)
『フィンガルの洞窟』『真夏の夜の夢』(アンセルメ)
『時の踊り(他)』(カラヤン)
などなど、、、。
これらの演奏は、正に「刷り込み」の一枚ですね。

『メンコン』などは、第一楽章が終わってから裏返すので、
「連続」して演奏されるとは、しばらく知りませんでした。
30センチLPの「片面連続演奏」で初めて知りましたたらーっ(汗)

そして、1966年のカラヤン(ベルリン・フィル)来日で、
私の「30センチLP時代」が到来するのです富士山
せいぜい「月一枚」くらいでしたが、、、。
(当時、一枚・1800~2300円、くらいでしたね。ラーメン、50~80円(くらい?)の時代に)
その一枚を、それこそ「擦り切れる」くらい、何度も何度も気合入れて!聴きました。
このへんの「思い出」はいずれまた、、、。

ちなみに、私、当時は「合唱団」(小4~6)でした。
で、「流れ」から、オケ(インスト)に憧れて、中学入学は「ブラバン」を選択。
何故か「音色」に惹かれて「ホルン」への一点買い!にて。
(ボントロとか、チューバへの「誘導」には、断固首を振り!して)

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リハ~ワルターとトスカニーニの場合

先ほど、某ネットラジオで、ベートーヴェン:『ロマンス』第二番、がかかったのですが、
そこからの連想で、ちょっとつぶやいてみました。

そして、そのまた連想で、
「ルイ・グレーラー」検索からヒットした話です。

ルイ・グレーラー
『ヴァイオリンはやさしく 音楽はむずかしい~二十世紀楽壇の逸話集』
羽仁結訳、全音楽譜出版社、1985年。

(そのひとつ)
NBC響にブルーノ・ワルターが客演したときのこと。
リハーサルでモーツァルトの40番交響曲を練習しようと指揮棒を上げた途端、
「紳士諸君、あなた方はすでにこの曲を何回も演奏し、熟知している。私もまた然り。
だから練習はやめにしよう!」
団員は口々に「ブラヴォ」と歓声をあげ、さっさと散っていった。

別のとき、今度はトスカニーニが同じこの40番を練習することになった。
彼もタクトを振る手を急に止めて、こう言った。
「紳士諸君、われわれはこの曲をもう何度となく弾いてきた。もう君らも私も慣れきってしまい、この曲は埃にまみれた。
どうだろう、今日はひとつ、積もった埃を払い落として、いっそこの音楽を初演するつもりで、みっちり演ってみよう!」

ワルターとトスカニーニ、どちらの本番も素晴らしい出来だったという。
(以上)

ワルターの「ノンリハ」は、流石に「ありえない」と思いますが
(さらっと流して終わった。と言うのが「真実」!?)
トスカニーニの話は、十二分に「ありえる」話と思います。
「みっちり!」ねあせあせ

ちなみに、私が小5の時買った「その盤」は、
当時「コンマス」だった「日本フィル」を従えてのものでした。
確か、指揮者の記載がなかったような、、、。
弾き振り、ってやつですか。
あるいは、渡邉暁雄あたりだったのかな?

ps.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E9%82%89%E6%9A%81%E9%9B%84
この写真の、山本直純が若い!(はたち頃)
と言うか、名前伏せて出されたら「誰ですか?」ですよね。

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2010年6月15日 (火)

バーンスタイン1990。そして、五嶋みどり。

今年が、彼の「没後20年」なのだそうだ。 
何が行われて、行われてない、のかは知らないけれど、、、。 

例えば、私、 
カラヤンは「間に合」ったけれど、 
(ライヴに接したと、と言う意味で) 
彼(バーンスタイン)は「間に合」わなかった。 
「間に合」うはずだったが、、、 
「コンサート当日・キャンセル発表」→「帰国」 
→(既に「肺がん」を患っていて、ほどなく)「死去」 

※「メイン・プロ」は『ベト7』」~これ(1曲)を振る予定だった。 

7月16日:NHKホール 
マイケル=ティルソン・トーマス 
(曲目大幅変更) 
ブリテン/『ピーター・グライムズ』~四つの海の間奏曲 
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲(五嶋みどり) 
(休憩) 
R・シュトラウス/『英雄の生涯』 

ともあれ、 
素晴らしい!と言うか、 
「予想以上の」(すんません)凄い夜☆になった。 

とりわけ、 
「あのシベリウス」は、 
今でも鳴っている、、、。 
五嶋みどりインプット☆な日

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