『インエフの日常』2010年

2010年12月31日 (金)

最後の「2010」

3日「吉見征樹・黒田京子」
で本年幕を開けた当店。

昨日(と言っても、まだ「数時間前」ですが)
「一噌幸弘・コンチェルトプロジェクト」
で幕を閉ました。

一噌さん、これで当店の「トリ」は「5年で3回」
(あと2回は『黒田京子トリオ』)
単独首位に立ったのでした。
ありがたいことですm(__)m

、、、などなど様々ありつつ、
今年も終わろうとしています、2010年最終日。

とにかく、現在只今こうして「在る」こと、
皆様と「在る」こと、
皆様からたくさんいただいたことに「感謝」して、
「日記2010最終版」としたいと思います。

改めて、本年もありがとうございました。

皆様のご健勝とご多幸をお祈りいたします。

インエフ拝

クリップ「追記」
新年「口明け」は、このところ「恒例」になっている『吉見征樹・劇場』
「2011」は、
『吉見征樹&吉野弘志~ダブル誕生日富士山
と言う「超目出度いな!ライヴ」
になっております。
皆様のお越しをお待ちしております。

翌日は、
『新年会~のっぺの会』
と言う、「新潟の正月」をあなたに!の「会」です。

そして、5日は、
小室等(vo、g)
鬼怒無月(g)
喜多直毅(vn)

以降は、、、
当店スケジュールをご覧になっていただけると幸いです。

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2010年12月26日 (日)

塩田哲嗣(b)さんの「言葉」~ミクシー「日記」より

今日の夜は、大泉学園にある、in Fという小さな、でもある意味とても大きなJazz Clubで演奏します。

ここのマスターはBassistで、数年前に久々に出演した時に、今使ってるWalterWoodsというベースアンプがどうしても欲しくて、ヤフーオークションをお店で居残ってやらせて貰い、なんとGetしたのですが、

その時にマスターとゆっくり話す機会を持ってから、とてもとても深い縁を感じてしまったのです。

限りなき探求。

それこそまさに永遠の課題であり、かつ生きる喜びであるのですが、そういう要素が、何故かステージのまわりにある本棚の書籍や、Pianoの調律、お酒やおつまみへのこだわりからすら感じさせる空間なのです。

そしてその”縁”は、今日の共演者にもまさしくぴったりな言葉なのです。

僕らが何で音楽に出会い、Jazzを愛し、そして時には憎み、そしてそれでもなお、自分の人生を費やしてでも演奏しつづけるのか、学び続けるのか、

限りなき探求。それは時として、”笑顔”というシンプルな答えを僕らに与えてくれます。

是非来てくださいねー。

clip以上、うれしかったので貼りました。

「当日」は感動的、以上goodでした。
12/24(金)大泉学園 in F X'mas Special Session
Sax/山田穣、Piano/片倉真由子、Bass/塩田哲嗣

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2010年12月16日 (木)

「戯書」

万葉仮名「ざれがき」の用例。

「二八十一(にくく)」
そのココロは、「二(に)」「九×九(くく)=八十一」
~「憎くはない」=「可愛くて仕方がない」 
「若草の 新手枕(たまくら)を まきそめて 夜をや隔てむ 二八十一あらなくに」(『万葉集』2542)

「山上復有山」
「山」を書いてまたその上に「山」→「出」
「見るごとに 恋はまされど 色に山上復有山(いで)ば 人知りぬべみ」(『万葉集』1787)

「向南山」~「きたやま」
「南に向いているのは「北」ってこと(^_^;)」 
「当時(奈良時代)」の(ようやく出てきた。漢字に対する)「余裕」の表れ☆

これは難易度高し!
「馬聲蜂音石花蜘蛛〔虫厨〕荒鹿」
説明すると長いので、以下を参照して下さい。
http://www.nikkoku.net/ezine/asobi/asb13_02.html

(参考までに、このような「解釈」(指摘)も)
http://www.geocities.jp/yasuko8787/o-500-hint.htm#basei

以上、本日の朝練(学)~『万葉』(篇)でした。

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最近の「甲野善紀」

甲野善紀『随感録』
2010年12月9日(木)
 心が折れそうになるほどの忙しさであっても、技が進展すればそうしたものは一度に吹き飛ぶ。
今夜は6日に香川で感じた韓競辰老師の教えがどうにも気になって、無理矢理時間を空けて、三十数年来の武友の伊藤峯夫氏を招いて2人で稽古。
2時間に満たなかったが、その間に得たものは剣術においてはいままでで最も大きいと断言できる。
 とにかく次々と気づいて、その後『願立剣術物語』を読むと、いままでよく分からなかった所がいくつも行間から浮き上がるようにして頭と身体に入ってくる。
特に十一段目の
「身之備太刀構ハ器物ニ水ヲ入敬テ持心持也。
乱ニ太刀ヲ上ゲ下ゲ身ヲユガメ、角ヲ皆敵ヲ討…惣テ太刀先ヨリ動事ナシ。
唯カイナを計ヲ遣事ゾ…」
 これに関しては、今回の気づきで、得られた理解が60パーセントとすると、いままでの理解は6パーセントくらいと言えるだろう。
「こんな事があるんだねぇ」と、伊藤氏も感動の面持ちだった。
(一部改行・筆者)

(掲載日・平成22年12月11日)
http://www.shouseikan.com/zuikan1012.htm#3

この歩数年来、毎月第二土曜日に開催されている「池袋の講座」
http://cul.7cn.co.jp/programs/program_508827.html
「甲野善紀チャージ」のため、この日は敢えて「店主研修」(店休み)として「参戦」
ここは2回目である。
他所の「講座」も含めると、今年は「甲野先生の日」5回目か。
ともあれ、図らずも「この日」は「特別な(歴史的な)翌日」だったのだ、、、。

「昨日」は、
(剣術において)「今までで最も大きい」(気付き)
(このたび得られた気付きが)「60パーセントとすると、いままでの理解は6パーセントくらい」
とご自信で断言されている。
それくらい「質」的に物凄い進展だったと言うことなのだ☆

【メモ】
「刀(持っている手、腕)は動かさない。体の動きに刀(と持っている手、腕)が自ずとついて来る」

「兜はかぶったまま使う」
(これは「比喩」だが、ご自信気に入られたようだった。「アフター」にて)

後日全面的に書き連ねようと思います(が、やるのか、、、)
メモれる状況(会場)の時はメモるようにしているのだが、
いつも結構な量になってしまい(原稿用紙6~7枚?)
結局「あがりほうき」になってしまう私。

甲野先生最近のつぶやき(『ツイッター』)

「十数年来の武友、伊藤峯夫氏は、やはりある運を持っている。
とにかく、この伊藤氏と今夜稽古して、新しい剣術の原理が姿を現し、2人して感動した。
6日の香川での気づきは大魚だった。
詳しくは私のサイトに書く予定。」

「とにかく技の展開が日ごと週ごとにあり、先月下旬に取材してもらった本の企画がドンドン古くなってきている。
有り難い事だが、本の関係の方々には申し訳ない。
でも、こればかりは仕方がない。
それにしても、これほど変わるとは!」

「19日の博多は、前回からまだ一月経っていないが半年は経った感じがしそうだ。
とにかく、このような進展はいままではなかった。」

http://twitter.com/#!/shouseikan

私のつぶやき。
「先生は結構(つぶやき)マメである(^_^;)」

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2010年12月13日 (月)

日本代表はバルサだった、、、

本日初出演のピアニストが、自己紹介で、
「私、日本を代表するピアノの○○です!」
と来たので、
「私も日本代表です☆」
と胸のエンブレムを指したが、、、
『バルサ』だったあせあせ(飛び散る汗)

ちなみに、「本日のバルサ」は、
「ホーム」(の例のヤツ。長袖)
他にも、長袖だと、
「ブルー」「オレンジ」
も取り揃えております指でOK
半袖だと、「10番ロニー」
なんてのも当店「現役」してます☆

以上、
つぶやこうとおもったけどちょいながになったのでこっちにかいた日記。

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2010年11月26日 (金)

シベリウス~チャイコフスキー、そして『クラシック化計画』に至る。

本日これから、とりいさんちに乗り込むのだ。

ゲルギエフ~ロンドン交響楽団
諏訪内晶子
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
マーラー:『巨人』
なる演目。

で、このシベリウス、前にクレーメルで聴いたな、と思って、検索の後、
プログラムを取り出して確認すると、以下の通りだった。

1998年5月26日@東京芸術劇場
マリス・ヤンソンス~ピッツバーグ交響楽団
ギドン・クレーメル
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
(アンコール)ピアソラ:『Tango Etudes』(より2曲?第2番?あまり記憶なし)
マーラー:交響曲第5番

そう言えば、「これ」も前後して「参戦」したな、と検索。
(こう言うのはほんと便利だ)

マルタ・アルゲリッチ(p)
ギドン・クレーメル(vn)
ミッシャ・マイスキー(vc)
1998年5月19&23@すみだトリフォニー・ホール
(どちらの日だったか?)

ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番
チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲『偉大な芸術家の思い出に』
(アンコール)キーゼヴェッター:タンゴ・パセティック

※検索がてら当たった、このエピソードが面白い(^_^;)
「入手した当時の盤で解説を書いていたのは、アニー=キャサリン・デュトワという人。
名前からすると、デュトワとアルゲリッチの娘のはずだが、
一緒に泊まっていたホテルで、この曲をアルゲリッチが
「どうしてこんなに難しいの。コンチェルトみたい」
などとブツブツ言いながら練習していた、というエピソードが紹介されていて愉快だった。
だって、あのアルゲリッチが「難しい」とボヤキながら練習するなんて考えられますか?
しかも、素人ながらに「コンチェルトみたいに」難しい曲だとは余り思えない曲だし。
けど、改めて演奏を聴くと、何が難しかったのか、納得してしまうのである」

http://homepage3.nifty.com/tkoikawa/music/opus/idaina_geijutsuka.html

シベリウスに戻ると、
最初に「生」で聴いたのが、これまたロンドン交響楽団で、
マイケル・ティルソン・トーマス
五嶋みどり
1990年7月16日@NHKホール

当初バーンスタインとT・トーマス
の振り分けだったのだが、、、。
「曲目」
バーンスタイン:「キャンディード」序曲
バーンスタイン:セレナード(五嶋みどり)
(以上、バーンスタイン)
ストラヴィンスキー:『春の祭典』

この日、急遽バーンスタインがキャンセル&帰国すると言うアクシデントが!
で、その3か月後に亡くなるわけだか、、、。
当日の朝刊で、その「急告」が出ていてガックシ。
払い戻しも「可」だったのだが、五嶋みどりを聴きに行こうモードで、まま参戦。
「曲目」
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
R・シュトラウス:『英雄の生涯』

とにかく、この日の「初みどり」に超感動!
※みどりさんと、一昨年にお会いして話す機会があった折、
「初めて聴かせていただいたのが、1990年バーンスタイン・キャンセル時のシベリウスです」
とお伝えした。
「NHKホールでしたね」(ちょっと「遠い目」)

そして、『英雄の生涯』も素晴らしかった。
オケ鳴りまくり☆

長くなったので、最後に、
『偉大な芸術家の思い出に』
からの「関連(連想)事項」的「標題」に戻り、
「予告」です。

2011年2月14日(月)
『クラシック化計画』
翠川敬基(vc)
菊池香苗(fl)
渡部優美(p)
平井敬子(p)

この日のメインプロは、
『偉大な芸術家の思い出に』
であります。
(翠川さんから、このことを聞いた時、驚愕の口あんぐりでした。
「ま、いつか演らないとね、、、」
だそうですが、それにしてもあせあせ(飛び散る汗))

「インフォ」がてら、翠川さんがらみで「クラシック」をもう一本。
1月11日(火)
喜多直毅(vn)
翠川敬基(vc)
duo。
バッハ:無伴奏vnソナタ第三番。
※「全曲」!です。
「喜多直毅『無伴奏シリーズ』1stステージ」の「完結ナイト」になります。
そして、翠川さんは
バッハ:無伴奏vc組曲第二番?
他に「duoもの」

以上、よろしくお願いします。

長文失礼しましたm(__)m

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2010年11月23日 (火)

四文字の海は広いな大きいな

『四字熟語辞典』を「朝開く言葉」的に読んでいるが、、、
「一」の群が結構続いた。

【一牛鳴地】(いち・ぎゅうめい・ち) 
非常に近い距離(のたとえ) 
「類語」【一衣帯水】

【一暴十寒】(いちばく・じっかん) 
たまに努力してみても、その後の努力を怠ったら、何事も成就しない。

【一文半銭】(いちもん・はんせん) 
ごく僅かの金銭。

「半銭」は「きなか」とも読む。
「き」は長さの単位で(昔の)「寸」のこと。
一文銭の直径が一寸だったので、その半分と言う意味で「きなか」
ある種の「字解き」だな。「しゃれ」と言うか。
「寸」=「き」と何故読むのか?
は、漢和辞書に何冊か当たってみたが(図書館まで行ったよ!)
「明解」な説明は見つけられなかった。
「識者」のご教示乞う☆

「一」の項(そう言うくくりはないが)終わると、途端に難解な語(初めて聞きました(^_^;))が続く、、、。

例えば、いきなり、
【鷸蚌之争】(いつぼうのあらそい) 
無益な争い。 
「鷸」は「シギ」。蚌「ドブガイ」。

げに「言葉の海」は、広くて深い。
日々勉強ですm(__)m

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2010年11月16日 (火)

『サラバンド』~ベルイマン「白鳥の歌」

それにしても、この「記事」(詳細な記述)は凄い!

http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=7270

※「プレス向け資料(加筆なし)全文」なんだそうだ。

他に検索して行くと、こんなことも。
「sarabande」は、アラビア語で「ノイズ」説。

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa509453.html

同所に、「関連(質問)項目」として、
「ラ・フォリアはスペイン語で「狂気」」
なんて記述も。
ひょえ~!

「ひょえ~」と言えば、さっきつぶやいたのだが、
『ある結婚の風景』
でググってたら「マイ実名登場」にはクリビツだったぜ富士山

http://www.google.co.jp/search?q=%E3%81%82%E3%82%8B%E7%B5%90%E5%A9%9A%E3%81%AE%E9%A2%A8%E6%99%AF&hl=ja&prmd=i&ei=rp3cTJXRB4fuvQO10tSPBA&start=40&sa=N
※6段目ね☆

「青天の霹靂」
とは正にこれ!
ところで「霹靂」って知ってました?

答えは「雷」
さっき、(きょーいく)の『コトバ』でやってて、「へぇ~」電球だった。
無知なおれが悪かったですm(__)m

あと、
「六日知らず」
とか
「十三日なる顔つき」
とか。

以上、各自調べておくこと(先生口調で)
では今日の授業は終わりです。

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『ソフトリー』

『Softly As In A Morning Sunrise』(朝日のようにさわやかに)
色々な人が演っているせいもあり、結構「セッション」で取り上げられる曲だ。

で、この「呼び名」なのだが、
私的には「ソフトリー」でインプットされている。
ところが、ある日のセッションで、某ギタリストに
「『さんらいず』やろうよ」
と言われて、一瞬「何の曲?」って思ってしまったことがあった。
これも「刷り込み」の例。

「1928年のミュージカル 『 ニュー・ムーン 』 の挿入歌。
このミュージカルと言えば、『Lover Come Back To Me』も使ったことで知られています。
※『らばかん』も!それは知りませんでした☆
作詞:Oscar HammersteinⅡ
作曲:Sigmund Ronberg」

で、この筆者、以下「ソフトリー=さわやかに・訳」
に軽く異議申し立てをしています。
説得力あります。
http://ameblo.jp/higashiemi/entry-10547318332.html

呼び名(邦訳)と言えば、こんな「ネタ」も。
『My Favorite Things』
「オスカー・ハマーシュタイン2世。
この人、「Things」って単語がお好きらしく、他の歌詞の中にもよく出てきます。
『サウンド・オブ・ミュージック』のヒット・チューン『My Favorite Things』もハマーさんの作詞ですね。
当サイトのコンテンツ・タイトルも、ここから拝借しております。
決して「私の好きなモノ」と、ポルノチックに訳さないでください。
「私のお気に入り」というちゃんとした邦題が存在します。
ちなみに、日本で最初に「私の好きなもの」と訳したのは、ジャズ評論家の岩浪洋三さん。
冗談で訳したタイトルがいつの間にか一人歩きしたらしい。
国内盤のライナーノートで初めて「私の好きなもの」って曲名を目にしたときはギョッとしましたぜ。」
http://soe006.gozaru.jp/standard/a002.html

ちなみに、
『All the Things You Are』
現場出没率、おそらく「輝けNO.1」富士山でしょう。
(少なくとも当店では)

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『人間の求める歓喜』って何?

『コルトレーンの生涯』(J・C・トーマス。武市好古:訳)学研M文庫。
この中に、
コルトレーンが少年時代に、合唱のコンサートに良く行った云々、の記述があり、
その時聴いた(であろう)曲として、
バッハ『イエス―人間の求める歓喜』
が突然出てくるのだが(32ページ)
この邦題を読んだ時、一瞬「?」なのであった。
続けて
(Jesu, joy of man's desiring)
とあったので、
『主よ、人の望みの喜びよ』
だと判ったが、、、。
(訳者、この「通例」を知らず、「直訳」したものと思われる)

外国語のタイトルは、いかようにも訳せるわけで、これが「正解」と言うのは、ある意味「ない」と言えば「ない」
だが、流布されている訳と違うタイトル見る(読む)と「?」と思ってしまう、
あるいは、どこか座りが悪い、と言うか、何か違和感を感じてしまうのは私だけではないだろう。

例えば、
『魔笛』(Die Zauberflöte)
あるオペラ公演のチラシで
『魔法の笛』
とタイトルしたものを見たことがあるが、いまいち「すっ」と入ってこなかった。
(どこか「学芸会」ぽい感じ?的な)
やはり、私の中では、この曲は『まてき』としてインプットされているのだ。

ところで、『主よ~』と言う「タイトル」は、結構「一筋縄」では行かなかった。
調べてみて本日判明☆学習!

このサイトの「楽曲分析」と「背景」は秀逸。
http://homepage3.nifty.com/utremi/Records/Records_Writing0112_2.html

最後だけ引く(編集)
『主よ、人の望みの喜びよ』
というタイトルの元になった英語のタイトル
『Jesu, joy of man's desiring』
それに該当するドイツ語の歌詞が、どちらのコラールにも、
またカンタータ全体を通しても見あたらない。
ヤーンのコラールの第1節の冒頭
『Jesu, meiner Seelen Wonne』
を英訳したものであろうといわれている。

『ウィキ』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%A8%E5%8F%A3%E3%81%A8%E8%A1%8C%E3%81%84%E3%81%A8%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%A7

クリップ追記
上記の本の一節、『主よ~』の説明として、
「リーン・ハーモニーと流れるような美しい旋律」
とあるのだが、
「リーン・ハーモニー」って何?
判ったようで判らない。
識者のご教示乞う。

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