『インエフの日常』2009年

2009年11月24日 (火)

チャイ5

11月15日
pm2:00開演
中央フィルハーモニア管弦楽団 第58回定期演奏会
指揮:大井剛史

ドヴォルザーク/『アメリカ組曲』
同/交響詩『真昼の魔女』
チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調作品64

@杉並公会堂・大ホール

※開演勘違い、出遅れ、バス遅れ、で「チャイコ」のみ(だめじゃん)

ほぼ一月前に(葬儀で)降りた荻窪。
重なるときは重なるもので、本日もまた、駅手前の同じバス停で降りる。

高校の同級生が、ヴィオラで参加しているオケを聴きに行く。
プログラムをめくると、その同級生T君が、「事務局長」から「団長」になっていて、「ご挨拶」を述べいたのに、先ずビックリ!

そして、後半の開幕。
チャイコフスキーの5番である。
「業界」では「チャイご」とか言うのかな。
「(クラシック)短縮形」を聞くと、なかなか新鮮で面白い。
「メンコン」とか「チャイコン」は、良く聞くが、
でも、それって「ピアノ?」「ヴァイオリン?」って思ってしまうのは私だけ?

『死と乙女』を、(ヴァイオリンの)ももちゃんが「しおとめ」って短縮したのには、なるほどと感心しつつ、けっこう笑えた(^_^;)
「しおとめ」かぁ~。

前にも書いたけど、ブラームスはちょっとびみょ~。
「ブラいち」とか「ブラさん」とか、、、。
「知らない人」が、脈絡なくいきなり聞いたら、、、あせあせ(飛び散る汗)

ブルックナーの、「ブルはち」とか「ブルよん」も、最初はちょっと抵抗があったな。
じゃ、マーラーは、ってなるんだけど。
「マラいち『巨人』」ってどうよ、ってたらーっ(汗)

ベートーヴェンは、『のだめ』で『7番』が「ベトなな(しち)」と連呼されて(?)結構「フツー」になったけど、
じゃ、「ベートーヴェン・チクスル(コンサート)」って「ベトコン」かよ(古い!)、ってなっちゃう。
「ベトちゃん」(「ドクちゃん」)とか、、、連想は続くよ、どこまでも、、、。

モーツァルトはどうなんだろう。
「モツ~」なのか?
「交響曲(協奏曲。ソナタ)第2番」は「モツに」かぁ~とか。
くだらない連想は続きますが、、、ま、この辺で。

「本題」に入って、、、
この「チャイ5」
チャイコの中では、もしかして、一番ターンテーブルに乗せた曲かも。
(小6~高3の「新潟クラシック少年(青年)時代」)
その盤は、ストコフスキー指揮。ニュー・フィルハーモニー管弦楽団。
何故その盤を買ったのか不明だが、とにかく、当時は一枚のレコードをそれこそ、擦り切れるほど、何回も何回も聴いたので、この演奏が私のリファレンスになっている。
この頃は、最初の盤が「親」として、刷り込まれるのである。
今聴くと(もう、数十年聴いてないが)、物凄い「厚化粧」な演奏。
そして、大向こうを張る、と言うか、「いよ~、ストコ(屋)!」って掛け声が掛かってきそうな、、、。
いわゆる「大時代的」ってやつである。

この日の演奏だが、
細部にこだわれば、色々「きず」もあったが、ま、そんなことはいじゃないの、ひょーろんかじゃないんだから。
「今、ここで、この曲を、こうして聴けること」の「歓び」、その「かけがえのない時間」に感謝☆である。
「元ホルン少年」&「今弦バスおやじ」は、やはり「そちら」に眼が(耳が)行ってしまう。
(第2楽章の、ホルンソロは、ちょっと乗り移って、ヒヤヒヤしつつ、、、終わって「ふぅ~」とか)
基本的に、「低弦の人」「員外オケ」として参加しつつ、「チャイコ節」をたっぷり味わう。
いや~、最後やっぱり盛り上がりますね。
「コーダ」直前の「休止」(フェルマータ付き)で、拍手が来なくて、ホッたらーっ(汗)
私が心配しなくてもいいんだけどね。

スコア引っ張り出して、また聴き直そう。
「書き込み」があるんだけど、いつの(コンサートへの)「予習」で書き込んだのか、、、。
(もう、「アルツの彼方へ」である。情けなや)

店に、カラヤン~ベルリンPO(75年盤)のレコードがあった。
で、物足りないので、昨日図書館に行って、
アバド~ロンドンSO(70年)
小澤~ベルリンPO(89年)
バレンボイム~シカゴSO(95年)
の3種借りてきた。

アバド盤に、4と『悲愴』も入っているので、
久々に、『悲愴』のフルヴェン、メンゲルベルクも聴き直してみようか。
ちょっとした「チャイコ(チャイシン?)・マイブーム」到来である。

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2009年10月18日 (日)

I remember you

Photo 横山涼一君
10月4日pm3:30
「あちら」へと旅立ちました。

1973年「ジャズ研」の同期でした。
以来、36年の交友でした。
「あちら」への「順番」が「逆」です。

今年5月に、新しい楽器を買って、
「やりたいこと、出したい『音』」
が、まだまだ、これから、様々にあったと思うのです。
しかし、「現実」には、もうかないません。
それが「無念」至極です、、、。

お通夜の前日(7日夕刻)、お邪魔して、献杯。
そして、その楽器を弾かせてもらってきました。
まだまだ「これから弾いてほしい」楽器と映りました。

改めて、
合掌。

※おおたか静流『I remember you』(Bukimi-4141)
「背景」は、この「ライナー」をお借りして撮影しています。

このアルバムを巡っての、ご自身のエッセイです。
『五感七色』の中の、「no.12」が『I remember you』です。
http://www.songbirds.ne.jp/sizzle/sizzle.html

この「ライナー」では、
「3月25日の『手紙』」
になっていますが、
その方(M.T.さん)は、
「3月24日」
に亡くなられています、、、。

改めて、
M.T.さんにも、
合掌。

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2009年10月 1日 (木)

「連続出場記録」、、、途絶えず、、、(41連荘への道)

久々に、日記などをしたため、だらりと本などを読んでいると、
そこに、「深夜の訪問者」が衝撃

「彼」は、考えると1年ぶりくらいの、久々のご来店で、ありがとうございますm(__)m
なのだけれど、
でも、
本日「休業」なんです、久々の☆
って、「言い訳」しつつ、席を空け、
「ま、久しぶりだからね(ま、一杯やってって)、、、」
と言うことで、結局、、、
結構「濃く」営業。

「(お客さん)重なる時は重なる」の「法則」exclamation & questionがありまして。
(他に「締め切りは重なる」の「法則」も)
例えば、「超満席」の時に限って、
これまた「超久々」なお客さん(友人)が来てくれて、
でも、ほとんど話も出来ない状態で、サヨナラ、とか、、、。
「ヒマな日」は、結構あるのに、何故、そういう日に「分散」して来ないのよペンギン
って感じです。

で、このまま行くと「41連荘」達成でしょう手(チョキ)

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「36日連続営業」の後で、、、

8月12日から始まった「長期ロード」
昨日で、ようやく終止符を打ちました。
「36日連続営業」でした。

とは言え、その前の週に、「槍&more」で5日休んでいるので、
「営業日」自体、8月は「24日」でしたし、9月は「26日」で、
まあ、「平均値」なのでした。
(25日前後の営業を「目安」にしています)

別に、その間「疲れが溜まった~」と言う感じはなかったのですが、、、。

今日は、
『日本無責任野郎』~プレミア『チェルシーvsストーク・シティ』
を観ながら、余裕の昼(朝?)食。

『ストーク・シティ』の「ロング・スロー男」デラップ、
(当たり前ですが)本日も「健在」!
相変わらず、35mくらい余裕で投げていました。
タッチラインからゴール前まで飛ぶんだもんなぁ、、、ダッシュ(走り出す様)
「どこでもコーナーキック」てなもんですよ。

そして、それよりも何よりも、
チェルシーの1点目が凄かった!
(相手ぺナルティ・エリアの正面ちょっと手前くらいから)
ランパードの狙いすました絶妙な「ノー・ルック・(キラー)パス」
ドログバ、ワンフェイク入れて、反転。
ゴールに向かいつつ、相手を背にして(ブロックしつつ)ボールを(ノートラップで)保持。
そのまま直で(トラップ、ドリブル、なし)左足一閃!ファーサイドに叩き込む。
ゴ~~~~ル!
すげ~や。
これが「世界のレヴェル」だよ富士山
かんど~&ひれふし。
しばし、箸が止まり、口あっぱんでした。

その後、「時間(仕事)」を気にせず、昼寝タイムへ突入。
そして、、、起きたら暗かった、、、たらーっ(汗)
やはり、ちょっと「疲れ」が、見えない(感じない)ところで溜まっていたようで。

「日記」を書く、と言う行為も、ある意味で「余裕」がないと書けないわけでして、
本日、久々の入力(タイピング)です。

それにしても、「忙中閑(あり)」です。
※漢語だけだと、発音、中国人の名前のようですね(^_^;)
この間(9月に入って)、10日ほどで、三冊読了しました。
これが、またそれぞれ「衝撃&感動の一冊」で、ウーム、、、でした。
後日、別立てで「何か」書こうと思いますが、とりあえず紹介。

1、『ハチはなぜ大量死したのか』ローワン・ジェイコブソン
2、『傷はぜったい消毒するな~生態系としての皮膚の科学』夏井睦
3、『リンゴが教えてくれたこと』木村秋則

無意識のうちに、その三冊見事に「同期」(シンクロ)していました。
敢て括ると、「キーワード」は「生態系」ですね。

1、に促され、、、「ハチミツ」を買いました。
ニュージーランド産の、「フツーのヤツ」と「高いヤツ」(『マヌカ・ハチミツ』UMF15)の2種類。
※「UMF」とは、、、
ユニーク・マヌカ・ファクターといってマヌカハチミツだけがもつ特有の抗菌成分、またはその強さの単位を表します。特にUMF10以上のマヌカはアクティブ・マヌカと呼ばれます。マヌカハチミツが持つ特有の天然の抗菌成分、またはその強さのレベルを表し、その数値が大きいほど、抗菌作用が大きいことを表します。

2、からの影響で、「ハチミツ」を、「食」するだけでなく、「塗」っています。
一種(自分的興味ある)「人体実験」ですが、、、。
例えば、こんな記事が↓
http://wiredvision.jp/news/200706/2007062122.html

と言う事で、
書くこと、書かねばならぬこと、山ほどあるのですが、
本日はこれにて。

「追記」
「読了本」ではないのですが、「これが面白い!」

『表現する仕事がしたい!』岩波書店編集部 編
「声にみちびかれて」おおたか静流
「歌は瞬時の枝に宿る果実であり、同時に永遠に咲く残像」

『意味がなければスイングはない』村上春樹
「ウィントン・マルサリスの音楽は なぜ(どのように)退屈なのか?」
その前後が、
「ゼルキンとルービンシュタイン 二人のピアニスト」
「スガシカオの柔らかなカオス」
と言う、、、如何にも、村上春樹らしい項立てで、○。

『花は志ん朝』大友浩
「インタビュー~柳家小三治、志ん朝を語る」
これは、単行本の時はなかったもので、文庫本上梓の時に「追加」されたもの。
単行本は持っていたのですが、つい文庫本買ってしまい、、、
しかし、この場合は買ったのが「正解」☆
「そっち(小三治)の方がうちの親父(志ん生)に似ているよな」(志ん朝)
この言葉、「当事者」ならではこそのものであり、
そして、私にとって、「何か」がみえた☆ひとことでした。
先日の「池袋演芸場」の小三治の「あり方」が、「腑に落ちた」

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2009年9月13日 (日)

「GG」です。「A」も見えてきました、、、。

Photo 9月1日 
1954(昭和29)年のこの日生まれました。 
(新潟市。○○センター病院) 

今日、母と電話で話をしました。 

今日のような、残暑厳しい暑い日、だったそうです。 
朝方に生まれたそうです。 
予定日より、数日後の誕生。 
結構、難産で、「大変だったよ、、、」 
3700超で生まれて、その病院では、当時の「新記録」だったとのことダッシュ(走り出す様) 

ともあれ、 
大病、大怪我なく、「存在証明」としてのこの日を迎えられたこと、
そして、父母も元気でいてくれること(二人とも「大正」生まれです)

正に「有り難い」ことです。 
素直に、心から嬉しく思います。 

ps. 「タイトル」は、 
「げーげー」「アー」 
と「ドイツ音名」で読んで下さい。 
「ドンバ用語」です。 
1、2、3、4、5、6、(くらいで何故か終わる。8だと「オクターブ」。でもあんまり言わない) 
C、D、E、F、G、A、 
ツェー、デー、イー、エフ、ゲー、アー、 
(「独・英共存」になっております。隠語(符牒)性と口調から)

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おれたちの「ちょー」

ところで、おれ達は、その手の「接頭・強調語(『超』の類)」として、
どんな言葉を「当時」(若い頃。敢えて、1970~78年頃)
使っていたのかと思い浮かべるのだが、意外と思い浮かばなくて、、、。

「凄い」→「スゲー」「スンゲー」「スンゴク」
とか、、、。

「70年代」と言えば(その連想で)
先日たまたまTVで観た、
『泥だらけの純情』(山口百恵。三浦友和。他。1977年)
の中で、
友和&百恵のこんな会話(セリフ)があって、一瞬時間が止まった☆
※新宿の「ディスコ」でのシーン。
「次郎=街のチンピラ」「真美=いいとこのご令嬢」

「ジュクへ来るときはな、もうちっとナウな格好しないとイモに見られんぞ」(次郎・友和)
「え、イモ?おイモがどうかしたんですか」(真美・百恵)

この「ナウ」と「イモ」の用法が、なんとも、、、魚

「ヤング」と言えば、
1986年頃(?)
『小室等と吉田拓郎~フォーエヴァー・ヤング』
と言うFM番組があった。
(結構愛聴してましたm(__)m)
その何回目かで、小室さんが、
「今時『ヤング』なんてほとんど誰も言わないよね。ここだけか(笑)」
なんて、おっしゃっていたことを記憶している。

そう言えば、、、
70年前後に、NHKで『ヤング101』って番組があって、結構観てた(^_^;)
そこで、スティーヴィーの『太陽のあたる場所』(訳詩)が一時期良く歌われていて、
「いい歌だなぁ~」と思った。
結構「心の歌」だった。
(『ヤング101』のアルバムにも入っていた。買った!)
これが、スティーヴィーとの「出会い」かもしれない、、、。

以上、「メモ」的に。

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2009年8月12日 (水)

小三治の夏2009

8月10日
池袋演芸場。上席昼。

10日枠のモロ真ん中が「山」にかぶっていて、
他にも色々ありまして、、、
ようやく、最終日に登場と相成った。
(実は、下山した7日に、その足で、ダメもとで(3時頃)行ったのだが「満員札止め」で入場ならず)

予定より、出遅れて、11時過ぎに着。並ぶ。
(今考えると、この時点で、150人ほど並んでいたことになる)
わずかの差で「立ち見」
終演4時半(予定)なので、5時間強の「行程」だ。
ほぼ「山歩き」ですよ。また懲りずに、、、。

以前、当店に出ていただいた、三之助さん、三三(さんざ)さんの「成長」が嬉しい。
(『初天神』『引越しの夢』)

扇橋さんの、なんだか「柳に風」の風情が、やはり「寄席」である。
半分近く、よく聞き取れないのだがたらーっ(汗)
ま、それもこれも扇橋さんの「芸風」ってことで、これも「あり(寄席)」
(『茄子娘』)

(紙切りの)正楽さん。
リクエストで「世界平和」と来て、どうするのかと見ていると、
「ハトを飛ばす子供たち」
で応えた手(チョキ)
ウーム、、、やるもんである。
その三味線(BGM)が『イッツ・ア・スモール・ワールド』
これまたナイスな選曲に喝采!


「のいるこいる」
相変わらずの「芸風」で、やはり「いい味(笑い)」を出している。
「寄席の笑い」だ。
「TVの笑い」ではなく。

そして、丁度4時過ぎ、「まってました~!」小三治さん登場。
(山に例えると、ようやく「頂上」が見えた☆って感じ)
はこが揺れている、、、。
「まくら」に、地震のことなどをふりつつ、12分ほど。
(これでも短いほう。ある時などは「まくら」で30分以上やって、「時間切れ」で「噺」まで行かなかったことあり。数年前、ここで)
この日の噺は『かぼちゃ屋』
どうしようもない与太郎とそのおじさん、そして町内のあにさん、その三人だけの独白と対話で展開する噺。
同じ「かぼちゃ(唐茄子)」を売る、『唐茄子屋(政談)』よりは、さらっとしていて「柳家」と言う感じ。
『唐茄子屋』は、勘当された「若旦那」が、「売り」の途上で、吉原を仰ぎ見つつ「あの頃」を想うところがあり、そこでほろっとさせたりするわけだが、『かぼちゃ屋』は、そんなところはない。
あくまで、単なる「与太郎」なわけで、噺としては淡々と進む、、、。
「淡々」とした「その味」が「小三治」である。
「その味」をしみじみ味わう。
終演、4時35分。
「噺」自体は、20数分。
あっと言う間の30分(一席勝負)
「楽しいこと」もいつかは終わる、、、。
ありがとう&おつかれさま小三治さん。
「わたしの小三治な夏」は終わった。

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長いお別れ、、、

1241328673_63 7月25日
友人の「告別式」に参列。

この5年、患い、闘ってきたが、遂に「力尽き」
(享年47歳)
22日「日食」の日に。
残された「子」(小4)あり。
その無念はいかばかりか、、、。

うのちゃんと会って以来の「20年」を想う。
「出会い」は、友人の「新婚家庭」にて。
(高校の)友人のおかみさんが彼女と(大学の)同級生と言う「関係」
たまたま彼女の実家がその近くと言うことで、
「犬の散歩」の途中にぶらりと寄った彼女、を紹介されたのが最初であった。

当店、出演ミュージシャンでもあった。

971223 『シーサーズ』持田明美。宇野世志恵。&坂本弘道。
001029 『アンチャン・プロジェクト』安場淳。宇野世志恵。服部夏樹。
020331 『アンチャン・プロジェクト』安場淳。宇野世志恵。服部夏樹。
051130 坂本弘道。&『アンチャン・プロジェクト』安場淳。宇野世志恵。

「あの時」、既に発病していたのだ。
そんなそぶりは微塵も見せず、明るく、ひたすら明るく弾けて歌って踊ったうのちゃん。

ご冥福をお祈りします。
合掌。

【宇野世志恵に捧ぐ】
こころざし半ば無念にいった君 『いくつ人影見送っただろう』

逆縁はかなしかりけり
虚空へとたゆとう白鳥
献魂一滴

逆縁の無念きわまる君のため
ただことばなく朋と手向ける

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「超々弩級」から「超々々弩級」へ

ちなみに、日本の文献においては、
15インチ(38.1cm)~16インチ(40.6cm)砲を搭載した戦艦を「超々弩級」
18インチ超(46cm)主砲を採用した「大和型戦艦」を「超々々弩級戦艦」
と称したものがごく少数だが見られる。

(「ウィキ」より)

なんだか、昔から「超」「超」言ってたわけですね。
大の大人がたらーっ(汗)
(まだ、掛かるのは「名詞」止まりですが、、、)

※「超」ノート(覚書)

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「弩級」から「超弩級」へ~「超」ノート

『ドレッドノート(HMS Dreadnought)』(1906年完成) 
イギリス海軍の戦艦。 
「ド級(弩級)」 
「超ド級(超弩級)」 
と言う表現は本艦に由来する。 

『オライオン級戦艦 (Orion class battleship)』(1912年完成) 
イギリス海軍が運用した最初の「超弩級戦艦」で、1912年から1922年まで用いられた。 
「超弩級戦艦」とは、「ドレッドノート」を超える規模の戦艦・巡洋戦艦。 
「スーパー・ドレッドノート・クラス」 
この艦の起工後にマスコミに情報が漏れてしまい、 
「ドレッドノート」よりも大型(13.5インチ/34.3cm)の砲を搭載した事から、 
「Super Dreadnoughts」と報道した事に端を発する。 
従って正式な「軍事用語」というよりは、「マスコミ用語」が起源である。 

なおこの「弩」は「ドレッドノート」の頭の音を取った当て字であり、 
現在でも「とてつもなく大きい」「もの凄い迫力」などを表現するのに使われる。 

(以上「ウィキ」からの切り貼り) 

※「超」ノート(覚書)

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