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2011年8月18日 (木)

原尞に於ける「フィクション」と「ノンフィクション」

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原尞(私にとっては、未だに「原さん」なのだが)の諸作を読むときには、 
是非、地図帳を片手に読まれることをお勧めする。 

「原~沢崎」ちょっと前から、気になることがいくつかあって、 
「再読」あるいは「拾い読み」をしている。 

とにかく、そこに出てくる、地名町名は、フィクションとはいいながら、そこはほぼ見事に「ノンフィクション」なのである。 

例えば『愚か者死すべし』の(単行本)「第24章」p.236後半部分はこうだ。 
※今日読んでいたので敢えて。 

(編集あり) 
 設楽祐実子の携帯電話が鳴り、彼女はすぐに出た。 
「もしもし・・・ええ、ちょっと待って下さい」彼女は私に訊いた。「五日市街道に入っていますか」 
「ええ、間もなく成田南三丁目の信号だ」 
 彼女がそう伝えた。「ええ・・・すぐに、宝昌寺川を渡る橋があるんですね・・・その橋を渡ったらすぐに左折して、川にそった脇道に入る・・・入ったところですぐに停止する・・・わかりました」 
 指示どおりに、橋を越えたところで左折すると、私はブルーバードを停止させた。 
 左手は川で、右手には緑地がひろがるこの停車地点は、この時間にはほとんど車の侵入もなく、周到に選ばれた場所であることが推測できた。 

「成田南三丁目」→○「成田東三丁目」 
「宝昌寺川」→○「善福寺川」 
※橋の先に「宝昌寺」は実在。 

以上が「ほぼフィクション」たる所以。 
しかし、この地図を見よ!である。 
停車地点が、モロジャストで「特定」できるのである。 
この地点は「ノンフィクション」だ。 
http://bit.ly/nmzG2G 

カーチェイスシーンなどは、地図帳脇にが必須である。 
コーフンすること疑いなし☆ 
読者諸氏の健闘を祈る。 
(どうやら「原尞文体」が乗り移ったようだ、、、)

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