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2011年4月10日 (日)

『名人戦』私的断章

羽生 vs 森内
(通算58-44)

二人が初めて96年に『名人戦』を戦ってから15年。
20代半ばの「若者」だった二人も、、、そして「不惑」

18世名人(森内)vs19世名人(羽生)の対決。
加えて、17世名人(谷川)が「立会人」と言うことで、「現役の永世名人」一同に会す☆
※「名人在位5期」で「永世名人」の称号を得る(引退後襲名)

「永世名人同士の『名人戦』」は、86年まで遡る(25年前)
それは、当時の「中原(16世)名人」に「大山(15世名人)」が挑戦したシリーズ。
この時の大山は「ガンの手術を克服して」の「復活大山!」なのでありましたね。

ちなみに、私「ブラウン管に登場!」ことがあるのですよ。
(ほんとです☆)
1993年「中原vs米長」の第1局。
池袋Mホテルが対局場で、その「大盤解説会」に行ったのでした。
その時のお客を、対局開始時に対局室に招待。
それをBSが中継していて、結果、写ってしまったのでありました。
それも一番最初に入って来たもんだから、たまたま知人が観ていて超クリビツ!
なんてことも(^_^;)

「写った」と言えば、
1989年(第2期)『竜王戦』第1局。
島竜王に羽生(六段)が挑戦して、「竜王奪取」(4勝3敗。1持将棋)したシリーズ。
この時の「大盤解説会」が、川崎某所であり、参戦。
『将棋世界』のグラビアで、客席1列左サイドに「背中の私」が。

この頃は、「BS中継」も今のような感じではなく、
(「盤面」をずっと(解説無で一日中!)映している、とか)
だいたい「衛星放送」が映るテレビ持ってなかったし。
なので、特に『名人戦』の「大盤解説会」には良く足を運んだなぁ。
わざわざ、新宿西口○×広場、とか。
他に、本山の(千駄ヶ谷)『将棋会館』へも時々。

1982年の『名人戦』最終局は「ここ」での参戦だった。
「加藤(一二三)vs中原・10番勝負」(4勝3敗。千日手2。持将棋1含む)
加藤(ぴんさん・愛称)遂に『名人』(位)奪取!
その激闘シリーズは、まだ興奮冷めやらず!でありますね、未だに。
「道場」(本会場)には入りきらず、私「研修室」(第二会場)で固唾を呑んで見守ってました。
解説は、中原の弟弟子、田中寅彦。
詰みが判った瞬間、とらちゃん「解説役」(仕事ですよ)から「素の人」になってしまい、
「こ、これ、詰んじゃいますよぉ~」(絶句)
って悲鳴のようなつぶやきがもれたことも記憶に新しい、、、。

「将棋」語るとつい長くなります。
(「サッカー」「クラシック」なんかもそうなんですが)
と言うことで、本日はこれにて。
おあとがよろしいようでm(__)m

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