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2010年8月28日 (土)

「ジョン・スタンレー」~勉強ノート

起きて、「ラジオを捻る」と
(昔は「こう」だった)
ではなく、
PCを立ち上げ、某「サイトにつなげる」と
(今は「こう」なんです。私)
なにやら耳に優しいバロックがるんるん
曲目表を見ると、見(耳)慣れない作曲家。

「John Stanley」
ウーム、、、?
それでは早速検索じゃ。
で、ググると。
2発目に出てきたのが、なんと、

【八神純子】(ウィキ)
「John Stanley(ジョン・スタンレー。40歳のときロースクールに入学し、のち弁護士に転じた)とハワイで挙式。夫との間に2子あり」

って、そ~じゃないんですけどあせあせ(飛び散る汗)

そう言えば、そんなこともありましたか。
彼女の「有名どこ」はけっこう聴いたクチなんで、、、
ありがとうございました&おしあわせに。
そ~じゃないんだよバッド(下向き矢印)

で、もう一回。
「ジョン・スタンレー 協奏曲」(これがかかっていたので)
を入れてドン☆

さすがに出ました。
チャールズ・ジョン・スタンリー(Charles John Stanley, 1712年1月17日 - 1786年5月19日)
イギリスの作曲家、オルガン奏者。

更に下ると、あるブログにこんな記述も。

「全音音階の発明者はドビュッシーではなかった。
ピアノに向かってすわれば誰でもそれを弾くことができる、おそらく作曲者たちはしばしば独りでそれを試みただろう。
私がヒュー・アレン卿から確かめたところでは、18世紀のイギリスの作曲家、ジョン・スタンレーは全音音階による主題を持つフーガを書いたが、もちろん実験的なものだった。
この表現方法をもつ意味を見抜き、和声の面での可能性を探る仕事はドビュッシーのために残されていた。
ドビュッシー以前に、ジョン・スタンレーが全音音階を用いながら、彼の想像力の中に何らこれと呼応する和声を見出さなかったために、生命を持ったものが生まれなかったと同じように、ドビュッシー以後の若い世代の作曲家は、彼らにとって全音音階がもはや真理以前の平凡な自明のことがらになっていたため、生命ある全音音階音楽を作るのに失敗している。
作曲家が独創的なのは、彼が独創的であろうとしたからではなくて、彼にはそれ以外の道がなかったことの結果である。」
『民族音楽論』ヴォーン・ウィリアムズ。塚谷晃弘・訳。

ウーム「全音音階」ですか電球
そして「ドビュッシー」、、、。
そして「今」に繋がるわけですね。
おかげさまで(?)私たちは、今、フツーに「そういう耳」になっております。
(「当時」のいわゆる「不協和音」もしかりですね。『英雄』の「例の和音」とか)

と言うことで、「朝のお勉強」(あされんexclamation & question)はこれにて。
都合40分ほどでした。
お疲れ様でしたぁ~。

※「あされん」と言いつつ、
「二度寝二度起き」で、正午過ぎのことなんですが、、、たらーっ(汗)
「一度寝」のことは「つぶやき」ました。

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