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2010年8月

2010年8月28日 (土)

内田樹、私の「探偵小説時代」、原尞、そして、甲野善紀。

時折訪問する内田樹のブログ。
本日「タイトル」に惹かれて読んでみる。
「『緋色の研究』の研究」
http://blog.tatsuru.com/2010/08/20_0803.php

元「探偵小説」ファンとしては、やはりアンテナに引っかかって来るのだ。
ご存知「ホームズ」ですね。

「回想の読書歴」
思い出せるのが、何故か、小3の頃は「伝記」なのであった。
もっぱら、学校の図書館か、クラスに回ってくる(箱に入った!)「巡回文庫」(のようなもの)
で読んだ。読み尽くした。

次に、小4あたりからはまっていったのが、当時(割と)定番であった、
「ホームズ」「ルパン」そして「乱歩もの」
これらは、「ポプラ社版」で右から左へとほとんど「買った」☆

その後、「少年もの」では飽き足りなくなって、小6から(大人の?)「文庫本」へと「背伸び」
初めて買ったのが『エジプト十字架殺人事件』(クイーン)
そして、いわゆる「謎解きの森」へ。
クイーン、ヴァン・ダイン、クリスティ、ディクスン・カー、などなど。
その「熱狂」は中1まで続く、、、。
(当時、上記の作家は、文庫本的にはほぼ完読)

ハードボイルドは殆ど読まなかったが、
「学級文庫」時代、『マルタの鷹』(ハメット)を興奮して読んだのを覚えている。
良く手に取ったもんだと今になって思う。
でも「それ以上」行かなかったが、、、。
しかし、1980年代になって、唯一「チャンドラー」だけははまった。

それは、当時(1974~80年半ば)の「音友」(共演者)、原尞(はらりょう)の影響だった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E3%82%8A%E3%82%87%E3%81%86
彼は、後年、実家(鳥栖)に帰り、1988年『そして夜は甦る』で作家デビュー。
(いきなり「山本周五郎賞」の最終選考に残った)
そして、1989年、2作目の『私が殺した少女』で「(第102回)直木賞」を受賞。

当時、彼が(実質的な)「音楽監督」で、
私も参加していた『ニュー・ジャズ・シンジケート』と言う「(フリー・ジャズ)集団」があった。
その原尞の影響で、「シンジケート内チャンドラー旋風」が静かに巻き起こったり、、、。
例えば『シンジケート』の80年代初頭のコンサートで、
全編「原尞オリジナル」&全タイトル「チャンドラーの作品(から)」
なんて「趣向」もあったほど。
実際、かれの作品は「チャンドラー色」が濃く出ているが(本人もリスペクトを明言している)
非常に「文学的」高みにあり、身内誉めではなく、本当に驚嘆して読んだものだ。
「日本にもこう言う『大人のミステリー』が出てきたか、、、」
と言う感慨。
(ミステリー全般を読み込んでいる!というわけではないので、「その辺」はご寛恕)

※「余談」ながら、原尞訳でチャンドラーを読みたい!

長くなったので、戻るが、
内田樹が先ず引くのが、チャンドラーのあの「名セリフ」
「ハードでなければ、、、。ジェントルでなければ、、、」
(皆さんならどう訳します?)
そして、タイトルの『緋色の研究』になるわけだが、、、。
なにしろ読んだのが、小学校の頃、40年以上前になるので、
細部も、ここに引用されている「セリフ」も覚えていないなぁ~。
でも、今、今だからこそ読むと、また面白いんだろうな、と思う。

今一番の贅沢が「小説を読む時間」と「(クラシックの)スコア(楽譜)を読む時間」かな。
実は、6月に帰省した折、実家の本棚にあった、
(いつどうやって買ったのかも覚えていない。80年代後半?)
『クリスチィ短編全集2』『同3』(創元推理文庫)
を持ってきたのだったが、果たして完読はいつの日か、、、。

ちなみに、
内田樹と甲野善紀先生との共著
『身体を通して時代を読む』
が(文春)文庫化されるとの由。
(『随感録』8月7日付)
http://www.shouseikan.com/zuikan1008.htm
買わねばのむすめである☆

3日の項に『週刊新潮』の記事が。
ちなみに、西洋栄養おばさんの採点は「79点」
ま、「西洋(『栄養学』)依存的判断」から言うと、そんなとこだろうな。
「だからなにexclamation & question」って感じだけどね。

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「ジョン・スタンレー」~勉強ノート

起きて、「ラジオを捻る」と
(昔は「こう」だった)
ではなく、
PCを立ち上げ、某「サイトにつなげる」と
(今は「こう」なんです。私)
なにやら耳に優しいバロックがるんるん
曲目表を見ると、見(耳)慣れない作曲家。

「John Stanley」
ウーム、、、?
それでは早速検索じゃ。
で、ググると。
2発目に出てきたのが、なんと、

【八神純子】(ウィキ)
「John Stanley(ジョン・スタンレー。40歳のときロースクールに入学し、のち弁護士に転じた)とハワイで挙式。夫との間に2子あり」

って、そ~じゃないんですけどあせあせ(飛び散る汗)

そう言えば、そんなこともありましたか。
彼女の「有名どこ」はけっこう聴いたクチなんで、、、
ありがとうございました&おしあわせに。
そ~じゃないんだよバッド(下向き矢印)

で、もう一回。
「ジョン・スタンレー 協奏曲」(これがかかっていたので)
を入れてドン☆

さすがに出ました。
チャールズ・ジョン・スタンリー(Charles John Stanley, 1712年1月17日 - 1786年5月19日)
イギリスの作曲家、オルガン奏者。

更に下ると、あるブログにこんな記述も。

「全音音階の発明者はドビュッシーではなかった。
ピアノに向かってすわれば誰でもそれを弾くことができる、おそらく作曲者たちはしばしば独りでそれを試みただろう。
私がヒュー・アレン卿から確かめたところでは、18世紀のイギリスの作曲家、ジョン・スタンレーは全音音階による主題を持つフーガを書いたが、もちろん実験的なものだった。
この表現方法をもつ意味を見抜き、和声の面での可能性を探る仕事はドビュッシーのために残されていた。
ドビュッシー以前に、ジョン・スタンレーが全音音階を用いながら、彼の想像力の中に何らこれと呼応する和声を見出さなかったために、生命を持ったものが生まれなかったと同じように、ドビュッシー以後の若い世代の作曲家は、彼らにとって全音音階がもはや真理以前の平凡な自明のことがらになっていたため、生命ある全音音階音楽を作るのに失敗している。
作曲家が独創的なのは、彼が独創的であろうとしたからではなくて、彼にはそれ以外の道がなかったことの結果である。」
『民族音楽論』ヴォーン・ウィリアムズ。塚谷晃弘・訳。

ウーム「全音音階」ですか電球
そして「ドビュッシー」、、、。
そして「今」に繋がるわけですね。
おかげさまで(?)私たちは、今、フツーに「そういう耳」になっております。
(「当時」のいわゆる「不協和音」もしかりですね。『英雄』の「例の和音」とか)

と言うことで、「朝のお勉強」(あされんexclamation & question)はこれにて。
都合40分ほどでした。
お疲れ様でしたぁ~。

※「あされん」と言いつつ、
「二度寝二度起き」で、正午過ぎのことなんですが、、、たらーっ(汗)
「一度寝」のことは「つぶやき」ました。

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「大泉えふ測候所」のある日~観測員のつぶやき(ぼやき)

8月25日
ちょっと銀行まで。 
まいちゃりのカゴに寒暖計を置く(測候☆) 
戻って、Rソンで買い物して、 
寒暖計の回収。 
ヒョイと見ると「47℃」指してたグッド(上向き矢印) 
ひょえ~! 

え~い、めしでも食おうと思ったけど、、、 
ビール呑んでやるダッシュ(走り出す様) 
ぐれてやる~バッド(下向き矢印) 
(それは余計です、、、)

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8月の『酒の会』

8月27日(金)
「会費」¥5000
「出品酒」
1、『亀の翁』(2年熟成) 
2、『亀の翁』(3年熟成)
3、『東北泉』純米吟醸(「美郷錦」使用)
4、『諏訪泉』純米吟醸(1年熟成)
5、『越の梅里』純米吟醸(「越淡麗」使用)

※「1」は「自家寝かせ」ですので、今後はもう「ありえない」かと。
「2」は、「年一回」出されますが、文字通り「超限定」です。
この「呑み比べ」が、今月の「メインな趣向」です。

1、茶豆
2、十全ナス(一夜漬け)
3、カツオの「づけ」
4、ゴーヤ・チャンプルー(和風)
5、生ハムとラタトゥイユ

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2010年8月24日 (火)

『つるのおんがえし』

昨日より、8月ラストスパートダッシュ(走り出す様)名残の「夏」の日々、、、
スタートしておりますが、
本日は「えふ企画」な「世界初演」でございます。

常味裕司(oud)
吉見征樹(tabla)
壷井彰久(vn)
喜多直毅(vn)

『つねみよしみ』&『vn2トップ』
と言う「構図」です。

このヴァイオリンのお二人は、今でこそ、フツーに「アラブ(音楽)」を行き来されていますが、
それもこれも、常味さんの薫陶あればこそ、なのだと思います。
そんなわけで、本日は
『弦の恩返し』
とサブタイトルを付けておきます。
「イイネ」exclamation & question

と言うことで、、、
8月、あと「7営業日」
がんばります指でOK

そして、「9月」です。
「秋」です☆
(だから「浩秋」なんです。ほんとです)
1日は、毎年恒例の(って、当たり前たらーっ(汗))私の「存在証明の日」
「G」&「A」が待っています、、、。

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『お熱いのがお好き』と『ラ・クンパルシータ』

『お熱いのがお好き』(Some Like It Hot)
1959年
監督:ビリー・ワイルダー

マリリン・モンロー
ジャック・レモン
トニー・カーティス
ジョー・E・ブラウン

殺しの「現場」を見たために、追われるバンドマン二人。
ベース。テナー・サックス。
その二人が潜り込んだのが「女だけのビッグバンド」
そして、「恋愛」と「ドタバタ」が、、、。

それにしても、このエンディングです。
正に「オチ」☆

ジェリーとオズグッド3世の(愛の?超コミカルな)ダンスシーンで、
なんと、あのあせあせ(飛び散る汗)(一部の人、判りますよね)
『ラ・クンパルシータ』が使われているのです。
(『サルガヴォ』の新譜。1曲目。佐藤芳明アレンジ)

ラストシーンでもこの曲がバックに。
いろいろありまして、、、
最後の一音の「ジャン!」で「The End」
ま~あ、よく計算されてること☆

その「ラストシーン」
http://www.youtube.com/watch?v=eLW5jzHsW7c&feature=related

オスグッド3世(ジョー・E・ブラウン)「母が喜んで泣いてた。花嫁衣裳を譲るって」
ジェリー(ジャック・レモン)「私には着られないわ。お母様とは体の作りが違うし」
「直せばいい」
「だめよ」

ジェリー「実は結婚できないの」
オスグッド3世「どうして?」
「だって、、、。本当は金髪じゃないの」
「いいさ」
「タバコも吸うのよ」
「いいよ」
「サックス吹きと3年も暮らしてたの」
「許す」
「子供が産めないの」
「養子を」
「分かってないな」
(カツラを取って)「ああ~。俺は男だ」
(首を振って、ニヤリ☆)「完全な人間はいない」
※「そんなこと」で、婚約解消はしないよ!と言う、、、。

「追記」~他の印象に残る(マリリンの)「セリフ」
「フロイト博士に診てもらうといいわ」

「シェル石油スタンダードは全国にあるわ」
(だから、スタンドを見るたびに思い出しちゃう)

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2010年8月20日 (金)

落語の「演題」

落語の「演題(目)」の話です。

「季節(四季)による分類」
「オチの分類」
などはあるのですが、
「演題自体(の分類)」が、ある日気になって、、、
あるようでない、ことに気が付きました。
(そう言う「著作」「サイト」等あったら、ご教示いただけると幸いです)

かなり思いつきですが、例えば(超ざっと)
1、「人名」~『西行』『淀五郎』『おせつ徳三郎』
2、「物」~『井戸の茶碗』『棒だら』『火焔太鼓』
3、「地名」~『鰍沢』『巌流島』『高田馬場』
4、「書名」~『源平盛衰記』『明烏』『二十四孝』
4、「擬態語」~『ぞろぞろ』『だくだく』『つるつる』
5、「それらが合体したもの」~『船徳』『妾馬(めかうま)』『文七元結(もっとい)』
6、他。
※「他の分類」色々挙げていただけると幸いです。

その中で、例えば、
『船徳』
と言う噺がありますが、
この噺、ご存知でない方は、「何のこと(人)」だと思われます?
「ふなとく」さん、と言う「名前」の人ではないのです。
二つの事項の「頭取り」なんです。
くだいて言うと、
「船頭」になった「徳兵衛」(徳さん)
なわけです。

そして、もう一つ。
『妾馬』(八五郎出世)
この噺は、「サゲ」が絡んでくるので、
これだけだと、なんのことやら、、、?
「妾と馬」、、、なんすかそれ?って感じですよね。
(私も初めは判りませんでした)
そして、この噺は、だいたい「サゲ」まで演られませんから。
※存じ上げない方はググって見て下さい。

と言うことで、
本日はこれにて。
私的メモでした。

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「茶豆」遂に登場☆

Cimg4040

やはり「王様」なのであった。
「この季節」をかみしめたい、、、。

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練馬(東京)は「ここ」だ☆

以前、出演者のIさんから、
「観測所(器械)は、○○校にあるんだよ。おれ、そこに勤めてたから」
てなことを聞いていました、、、。

そして、昨日、練馬区役所にtelして
「そこはどこなんですか?」と「担当者」に聞いてみました。
「豊玉上です」
「何丁目なんですか?」
「それはちょっと、、、」
で質疑応答終了。
※「環境省」で出してるんですから、何故秘匿するのか?ねぇ。

と言うことで、
「豊玉上 測候所」
でググってみました。
すると上がってきたのが、これ。
http://www.env.go.jp/air/report/h22-04/02_1.pdf
(下の方。p.14にあり☆)
「そこ」は、
「江古田」南口。「武蔵高校」電球

「湿球黒球温度」とは?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%BF%E7%90%83%E9%BB%92%E7%90%83%E6%B8%A9%E5%BA%A6

昨晩、Iさんからもご教示メールが入っていました。
(抜粋・編集)
武蔵高校・中学の門を入るとすぐ右手に
「露場」(ろじょう:気象観測のための芝生の一角)があり、
(門を入らなくても外から見えます)
「露場」には電信柱みたいなものが立っていて、
そのちょっと手が届かないあたりに金属の筒がついていたり
その近くの地面にちょっとした機材があったりして、、、
これが「練馬のAMEDAS」です。
中学生が近くで水遊びなどすると
ニュースで練馬だけ突然の集中豪雨、、ってことになったりするので、
中1が入ってくるとまず、露場で水遊びなどしないように注意してました。

以上、「練馬(東京)」を探せ晴れ
でしたぁ~。

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8・17~日本最暑の地「練馬」

【東京・練馬で38.2度 今日も各地で猛暑日】(見出し)

「17日の各地の最高気温は、午後2時半現在、
練馬(東京)と桑名(三重)が38.2度、多治見(岐阜)が38.1度、、、などとなっている。」(本文)

某新聞からの引用ですが、
いきなり「練馬」ですよ☆「練馬」!
それも(東京)のあせあせ(飛び散る汗)

「酷暑の聖地」(?)「多治見」を僅差で抜き、堂々「日本一」富士山になっております。
こんなことで喜んでも(誰も喜んでないバッド(下向き矢印))何も出ませんが、、、。

ところで、
サッカーの世界では(どのスポーツでも一緒でしょうが)
「パス・スピード」
「移動(走行)スピード」
と共に、
「判断のスピード」
が求められ、そのトレーニングを行なうのですが、
その「判断」は、実践では大事な要素になっています。

※例えば、ある「オシムのトレーニング」
ミニゲームで、初め2チーム。
それから、3~5つのチームにどんどん増やしていき(ビブスを変えつつ)瞬時に「設定」を変える。
選手はそれに「即」!対応していく(いかざるを得ない)

その「判断」のためにも、
「常に首を振りなさい」
とコーチングします(とりわけ、子供たちに)
(中田)ヒデは、「ボールを持っていない時」(オフ・ザ・ボール)に、
判りやすいくらい、常に「首を振って」いました。
彼は、いい「教材」でした。
「ヒデを見てみろよ!」

と、段々「サッカー・コーチング」の話に流れていってますが、、、
昨日は、
「判断のスピード」

「首を振ること(の重要さ)」
を改めて感じた、
午後3時半でした。

※路地脇、車に左折的巻き込まれ、わがチャリ前輪破損。体異常なし。

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わがおふくろの味

Cimg4009
「十全ナス」

浅漬け。
「腰」を残したポクポクした食感。

今年の「夏」はないかと思ったら、
思いがけない「お呼ばれ」のおかげで、
「新潟の夏」=「おふくろの味」
をほおばることができました。

父と杯を交わすこともできました。
ありあがたきことかな、
であります。

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8・15二つの黙祷

正午。黙祷を捧げる。

18時。黙祷を捧げる。
親友のお母様。
このため、急遽新潟へ。

本日休業。
呼ばれたのかと思う、、、。

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志ん生と満州、そして森繁~『びんぼう自慢』より

(4・13/14。2回目の)大空襲ゥがあって間もなくでしたよ。
あたしの知ってる興行師で、松竹演芸場に荷物(芸人)を入れている人が来て
「師匠、どうでしょう。ひと月ばかりの予定で、満州までまで行ってくれませんか。
ゼニは三千円出しますし、それに、向こうにゃァ、まだ酒がウンとあるそうですから、、、」
っておだてるもんだから、あたしゃァ、酒ときいて行く気になったんです。
「向こうには、まだ酒がウンとあるてえから、冥土の土産にたらふく呑んでくるよ。
死んでもともとだ。うまく生きてかえれりゃァ、酒ェ呑んだだけトクじゃァねえか。
オレ、行ってくるよ」

あれは、昭和二十年も、もう五月でしたよ。
上野の駅ィ集合てえから行ってみると、落語があたしと三遊亭円生と二人で、それに、映画説明の国井紫香と、夫婦で漫才やってる坂野比呂志(※)と、他にまだ一人か二人いましたよ。
坂野が若くって元気もいいから、団長てえことになっている。
(※)後年、「バナナの叩き売り」など「(香具師の)物売りの口上」で有名になった。

上野から新潟まで汽車で行って、そこから船で朝鮮の羅津(らしん)て港まで行くってえ話です。
新潟へ着くと、はじめは船がねえとか何とか言っていたが、三日ばかりするってえと、白山丸(※)てえのが出ることになったから、みんな乗りましたよ。
女子供なんぞもいるところを見ると、兵隊さんの船じゃァない。五十時間ばかり乗るってえ話でした。
(※)新潟市内に「白山神社」があります。関係は?

さて、あたしたちは、ひと月てえ約束で満州へ来て、そのひと月がたったら、もう内地へ戻る船なんぞありゃしません。
しょうがねえから、とりあえず新京でもって、一座ァ解散てえことになりました。
でも、うまい具合に、あたしたちのところに、新京の放送局から、それじゃァ専属になってくれませんか、てえ話しが来たんです。

ちょうどその時、放送局の下回りみてえなことをしていた若い衆(し)がいて、あたしのことを随分と世話ァしてくれた。
これが今の森繁久弥(※)だったんですよ。
(※)NHK(新京放送局)のアナウンサー。

みんなで食事した時なんぞ、森繁君が余興に歌ァ歌ったり、即興でなんか喋ったりするんだが、実にどうも、器用で、調子がよくって、品があって、そのあざやかなことったらない。
あたしは驚いてしまって
「あんたは、こんなところでマゴマゴしてる人間じゃないよ。東京へ来て、寄席へでも出たら、きっと売り出すよ。あたしが太鼓判押したっていい」
と、ほめそやしたんです。
あたしだって、長年この世界でめしィ食ってきてんだから、ひと目見りゃァ、この人間の芸はどうだとか、伸びるか伸びないかてえくらいは、すぐ判りますよ。

森繁君は、寄席に入らなかったが、映画やテレビであんなに売れたてえことは、やっぱりあたしの目に狂いはなかったんだなァと、ひそかに自慢に思ってますよ。
あれだけの体(地位)になったって、別に肩で風ェ切って歩くなんてえことをしないのは、
やっぱり満州時代の、あの下積み時代の苦労のたまものでしょうねえ。
人間てえものは、色々と苦労した者(もん)の方が、そうでないものより、なんたって味がありますよ。

※脚本演出による「ラジオ・ドラマ」の製作。ルポ執筆。なども。
http://otona.yomiuri.co.jp/trip/shiretoko/100512.htm
※一番下に、加藤登紀子の「出生物語」と「写真」がある。

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戦中と笑い

真夜中前後(これがほんとの『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』)
このところの、N局「戦争関連」番組、つい見入ってしまいます、、、。
http://www.nhk.or.jp/war-peace/summer/onair03.html#042

以下、それらの「メモ」「感想」「連想」を書き記します。

『戦場の漫才師たち ~わらわし隊の戦争』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8F%E3%82%89%E3%82%8F%E3%81%97%E9%9A%8A
『わらわし隊』とは『荒鷲隊』のもじり。
朝日新聞社と吉本興業の「共催」
第1回は1938年1~2月。
第2回は同年11~12月。
その後も数回派遣されている。

そのメンバーの中に、漫才師・ミスワカナ、が居た。
森光子が、ワカナの「弟子」(義姉妹的な?)だったことから、「コメント」出演。

その時の「演芸会」の写真が残っている。
(1938年の第一回か第二回か)
誰もが、文字通り「破顔一笑」
「死」と背中合わせの、目一杯のいい「笑顔」
やがて「哀しい」、、、。

ミスワカナ(と玉松一郎の漫才)の音源。
『中支皇軍慰問記念・上』
http://www.youtube.com/watch?v=159jKALM6L0&NR=1

「(中国)大陸慰問」
と言えば、連想で、敗戦間際の「志ん生」のことが浮かぶ。
(「そこ」には、森繁も登場すると言う、、、)

以下、次項へ。

※「ミスワカナ」でググったら、ブログ。
http://kuromame55myhome.blog99.fc2.com/blog-entry-988.html
「新聞の写真」が物語る。

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2010年8月13日 (金)

96パーセント縮小な俺

96パーセント縮小!?
私の「身長体重」のことです。
先日の「区の健診」で発覚目

それにしても、体重「65」切ったのは、この30数年にして「初」
(だいたい、65~70で推移)
流石に、この猛暑で「欠食児童」状態になったか。

「欠食」に伴って、「身長」も縮むものなのか、、、。
わきゃぁないですよね。
単なる「加齢性」からくるそれなんでしょうね(トホホ)
最長!173・3センチだった我が背丈(高校時代)
去年から、173を割り込み、
今年、また数ミリ縮んだ、、、。
どこまで行くのかあせあせ(飛び散る汗)

てなことを「つぶや」こうと思ったのですが、
長くなったので、こちらに書き留めておきました。

ps.
「心電図」~異常なし。
「肺(レントゲン)」~きれいですよ。
他の数値は、23日以降に判明します。
楽しみ☆

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志ん朝、そして、冗談音楽

「検索の旅」は続きます、、、。
(前々項より)

「ルイ・グレーラー」関連として、こんなものが!
2曲目に注目あれ☆
「志ん朝」さんの活字が飛び込んで来ました。
このことは、以前何かで読んでいて、インプットされてはいたのですが、、、。
「これ」だったのか電球
(志ん朝さん、29歳)

『山本直純forever-歴史的パロディ・コンサート』
【DISC-1】
・ベートーヴェン/山本直純 変曲
交響曲 第45番「宿命」
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
1967年7月25日 東京文化会館大ホール

・プロコフィエフ
ピーターと狼
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
落語台本:佐藤信夫  語り手:古今亭志ん朝
1967年7月25日 東京文化会館大ホール

【DISC-2】
・ベートーヴェン/山本直純 変曲
ピアノ狂騒曲「ヘンペラー」
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
ピアノ:伊達 純
1968年7月18日 東京文化会館大ホール

・メンデルスゾーン/山本直純 変曲
ヴァイオリン狂騒曲「迷混」
山本直純 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
ヴァイオリン:ルイ・グレーラー
1969年8月9日 東京文化会館大ホール
(以上)

先ず「変曲」ってのがイイですね。
「狂騒曲」とか。
そして、「標題」がふるってる、と言うか、ひねりまくり、笑えます(^_^;)

「宿命」←「運命」(交響曲第五番)
※「45番」と言うのは、「1~9番」を足すと「45」!からなのだそうです。

「ヘンペラー」←「皇帝(エンペラー)」(ピアノ協奏曲第五番)

「迷混」←「メンコン」(メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(コンチェルト))

ですよあせあせ(飛び散る汗)
全く、、、。

でも「こういうの」好きですよ。
『ホフナング音楽祭』
(私が聴いていたレコードは、1960年前後のものでしたが、今は廃盤のようです。
逆に「甦る~」的に、1980~90年代の「映像入り」が、あちこちに流れていますね)
とか
『P.D.Q.バッハ』
http://ja.wikipedia.org/wiki/P._D._Q._%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F
とか。
でも、「元祖」は、(ものほんの)モーツァルトの『音楽の冗談』(K.522)でしょダッシュ(走り出す様)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%AE%E5%86%97%E8%AB%87
この曲、相当に凄い!ですし、笑えます。

と言うことで、、、
ふぅ~長い旅でした。
この間3時間以上。
(「検索の旅」に出ると「アッ」と言う間に時間が経ってしまいます)
お疲れ様でしたぁ~。

クリップ「志ん朝さん・番外ネタ」として、
『ソロバン節』(「ラップ」!してます)
『ロボタンの歌』(シングル・現物あり)
などがあるのですが、これはいずれまた。
おあとがよろしいようで、、、。

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「17センチLP」から始まった、、、

前項の連想(回想)話です。

当時、小学校5年生に、30センチLPを買う「余裕」はありませんでした。
なので「レコードはじめのいっぽ」は、もっぱら「こちら」でした。

例えば、
『運命』(ドラティ)
『メンコン』(オークレー)
『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』(プロハスカ)
『フィンガルの洞窟』『真夏の夜の夢』(アンセルメ)
『時の踊り(他)』(カラヤン)
などなど、、、。
これらの演奏は、正に「刷り込み」の一枚ですね。

『メンコン』などは、第一楽章が終わってから裏返すので、
「連続」して演奏されるとは、しばらく知りませんでした。
30センチLPの「片面連続演奏」で初めて知りましたたらーっ(汗)

そして、1966年のカラヤン(ベルリン・フィル)来日で、
私の「30センチLP時代」が到来するのです富士山
せいぜい「月一枚」くらいでしたが、、、。
(当時、一枚・1800~2300円、くらいでしたね。ラーメン、50~80円(くらい?)の時代に)
その一枚を、それこそ「擦り切れる」くらい、何度も何度も気合入れて!聴きました。
このへんの「思い出」はいずれまた、、、。

ちなみに、私、当時は「合唱団」(小4~6)でした。
で、「流れ」から、オケ(インスト)に憧れて、中学入学は「ブラバン」を選択。
何故か「音色」に惹かれて「ホルン」への一点買い!にて。
(ボントロとか、チューバへの「誘導」には、断固首を振り!して)

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リハ~ワルターとトスカニーニの場合

先ほど、某ネットラジオで、ベートーヴェン:『ロマンス』第二番、がかかったのですが、
そこからの連想で、ちょっとつぶやいてみました。

そして、そのまた連想で、
「ルイ・グレーラー」検索からヒットした話です。

ルイ・グレーラー
『ヴァイオリンはやさしく 音楽はむずかしい~二十世紀楽壇の逸話集』
羽仁結訳、全音楽譜出版社、1985年。

(そのひとつ)
NBC響にブルーノ・ワルターが客演したときのこと。
リハーサルでモーツァルトの40番交響曲を練習しようと指揮棒を上げた途端、
「紳士諸君、あなた方はすでにこの曲を何回も演奏し、熟知している。私もまた然り。
だから練習はやめにしよう!」
団員は口々に「ブラヴォ」と歓声をあげ、さっさと散っていった。

別のとき、今度はトスカニーニが同じこの40番を練習することになった。
彼もタクトを振る手を急に止めて、こう言った。
「紳士諸君、われわれはこの曲をもう何度となく弾いてきた。もう君らも私も慣れきってしまい、この曲は埃にまみれた。
どうだろう、今日はひとつ、積もった埃を払い落として、いっそこの音楽を初演するつもりで、みっちり演ってみよう!」

ワルターとトスカニーニ、どちらの本番も素晴らしい出来だったという。
(以上)

ワルターの「ノンリハ」は、流石に「ありえない」と思いますが
(さらっと流して終わった。と言うのが「真実」!?)
トスカニーニの話は、十二分に「ありえる」話と思います。
「みっちり!」ねあせあせ

ちなみに、私が小5の時買った「その盤」は、
当時「コンマス」だった「日本フィル」を従えてのものでした。
確か、指揮者の記載がなかったような、、、。
弾き振り、ってやつですか。
あるいは、渡邉暁雄あたりだったのかな?

ps.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E9%82%89%E6%9A%81%E9%9B%84
この写真の、山本直純が若い!(はたち頃)
と言うか、名前伏せて出されたら「誰ですか?」ですよね。

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2010年8月11日 (水)

「ダブルブッキング」8・10~小三治&サルガヴォ

Cimg3984

「池袋演芸場」昼席
志ん坊 『元犬』
こみち 『湯屋番』
(漫才)ホームラン
一琴 『勘定板』
福治 『あちたりこちたり』
(奇術)世津子
喜多八 『鈴が森』
さん喬 『替わり目』
小里ん 『手紙無筆』
(太神楽)鏡味仙三郎社中
正蔵 『四段目』
(仲入り)
三之助 『堀之内』
小勝 『漫談~網走刑務所(仮)』
(紙切り)正楽 リクエスト「夫婦喧嘩」「相合傘(サザエとマスオ版)」「小言念仏」「竿灯祭り」
小三治 『うどん屋』

「ピットイン」夜の部
『Salle Gaveau』
鬼怒無月(g)
喜多直毅(vn)
佐藤芳明(acc)
林正樹(p)
鳥越啓介(b)
スペシャル・ゲスト:吉田達也(ds)

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2010年8月 9日 (月)

「原爆」と「新潟」と「私」

『日本への原子爆弾投下』~抜粋(一部編集)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B

1945年4月27日
「第1回(原爆投下)目標選定委員会」
日本本土への爆撃状況について、第20航空軍が
「邪魔な石は残らず取り除く」
という第一の目的をもって、
次の都市を系統的に爆撃しつつあると報告した。
東京都区部、横浜市、名古屋市、大阪市、京都市、神戸市、八幡市、長崎市。
次の17都市及び地点が研究対象とされた。
東京湾、川崎市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、広島市、呉市、下関市、山口市、八幡市、小倉市、熊本市、福岡市、長崎市、佐世保市。

5月10日-11日
「第2回目標選定委員会」
8月初めに使用予定の2発の原子爆弾の投下目標として、
次の4都市がはじめて選定された。
京都市:AA級目標
広島市:AA級目標
横浜市:A級目標
小倉市:A級目標

5月28日
「第3回目標選定委員会」
京都市、広島市、新潟市に投下する地点について重要な決定がされ、
横浜市と小倉市が目標から外された。
投下地点は、気象条件によってその都度、基地で決定する。
投下地点は、工業地域の位置に限定しない。
投下地点は、都市の中心に投下するよう努めて、1発で完全に破壊する。
これらの原子爆弾投下目標都市への「空爆の禁止」が決定された。
禁止の目的は、原爆のもたらす効果を正確に測定把握できるようにするためである。

5月29日
上記の「目標」解除を受けて、「横浜大空襲」

6月14日
京都市が除外され、目標が小倉市、広島市、新潟市となる。
しかし京都への爆撃禁止命令は継続された。

7月20日
『パンプキン爆弾』による模擬原子爆弾の投下訓練が開始された。
「新潟地区」への「訓練」の一環として、「長岡市」に炸裂。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%AD%E3%83%B3%E7%88%86%E5%BC%BE

7月25日
トルーマン大統領が「原子爆弾投下」の指令を承認。
ハンディ陸軍参謀総長代行から、スパーツ陸軍戦略航空隊総指揮官あてに、
「原子爆弾投下」が指令された。
ここで
「広島・小倉・新潟・長崎のいずれかの都市に、
8月3日頃以降の、目視爆撃可能な天候の日に『特殊爆弾』を投下する」
とされた。

8月2日
第20航空軍司令部が「野戦命令第13号」を発令。
8月6日、原子爆弾による攻撃を行うことを決定。
攻撃の第1目標は「広島市中心部と工業地域」(照準点は相生橋付近)
予備の第2目標は「小倉造兵廠ならびに同市中心部」
予備の第3目標は「長崎市中心部」

8月6日
広島市に『ウラニウム型原子爆弾』(リトルボーイ)が投下された。

8月8日
第20航空軍司令部が「野戦命令第17号」を発令。
8月9日、2回目の原子爆弾による攻撃を行うことを決定。
攻撃の第1目標は「小倉造兵廠および市街地」
予備の第2目標は「長崎市街地」(照準点は中島川下流域の常盤橋から賑橋付近)

8月9日
第1目標の小倉市上空が視界不良であったため、
第2目標である長崎市に『プルトニウム型原子爆弾』(ファットマン)が投下された。

8月11日
当時、特情部では、スウェーデンを経由して入手した、米国海軍のM-209暗号装置を用いた暗号解読も進めていたが、この暗号解読作業において「nuclear」の文字列が現れたのが8月11日のことであった。
当初軍部は、新爆弾投下に関する情報を国民に伏せていたが、広島や長崎を襲った爆弾の正体が『原爆』であると確認した軍部は、報道統制を解除。
11日から12日にかけて新聞各紙は広島に特派員を派遣し、広島を全滅させた新型爆弾の正体が『原爆』であると読者に明かした上、被爆地の写真入りで被害状況を詳細に報道した。
これにより、SF小説や科学雑誌等で近未来の架空兵器と紹介されていた『原爆』が発明され、日本が戦略核攻撃を受けた事を国民は初めて知ったのである。

なお、この原爆報道により、パニックに陥った新潟県は8月11日に、
新潟市民に対して「原爆疎開」命令を出し、大半の市民が新潟市から脱出した。
これは、新潟市も原爆投下の目標リストに入っているらしいという情報が流れたからである。
原爆疎開が行われた都市は新潟市のみであった。

「私注」
以上の理由により、新潟市は「大空襲」(そして『原爆』も)を蒙ることなく、「8・15」を迎えたのである。
「歴史」に「たられば」は無いが、
しかし、敢えて「逆イマジン」を巡らしてみる。
もし「第四の投下」が遂行されていたとしたら、、、。
今こうしている「私」の存在自体は「無」かった!?

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2010年8月 8日 (日)

虹を見たかい~8・8早朝

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『雨を見たかい』
『Have You Ever Seen the Rain?』(1971年)
Someone told me long ago
There's a calm before the storm
I know it's been comin' for some time

昔、誰かが俺に言ったよ
嵐の前には静けさがあると
知ってるよ そいつはやって来たよ 時々

When it's over so they say
It'll rain a sunny day,
I know shinin' down like water

その後で こう彼らは言う
雨が降るだろう 晴れた日に
知ってるよ キラキラ降り注ぐんだ

I want to know, have you ever seen the rain?
I want to know, have you ever seen the rain?
Comin' down on a sunny day

知りたいよ 君がその雨を見た事あるかって
知りたいよ 君がその雨を見た事あるかって
晴れた日に降る雨

Yesterday and days before
Sun is cold and rain is hard
I know been that way for all my time

昨日もそれ以前も
太陽が冷たくて 雨が激しいんだ
知ってるよ そんな風に 俺の人生が続く間

Till forever, on it goes
through the circle fast and slow,
I know it can't stop I wonder.

永遠に その上を
円を描く 速く、そして遅く
知ってるよ 停まらないよ それが心配さ

I want to know, have you ever seen the rain?
I want to know, have you ever seen the rain?
Comin' down on a sunny day

I want to know, have you ever seen the rain?
I want to know, have you ever seen the rain?
Comin' down on a sunny day

知りたいよ 君がその雨を見た事あるかって
知りたいよ 君がその雨を見た事あるかって
晴れた日に降る雨

知りたいよ 君がその雨を見た事あるかって
知りたいよ 君がその雨を見た事あるかって
晴れた日に降る雨


「the rain」とは、「ナパーム弾」の暗喩で、当時「放送禁止歌」だった。

「ナパーム弾」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%BC%BE

しかし、作者(ジョン・フォガティ)は語る「真実」とは、、、。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%AB

『CCR』
http://www.youtube.com/watch?v=Gu2pVPWGYMQ&feature=related

『KUWATA BAND』
http://www.youtube.com/watch?v=HY06l-ivC-M&feature=related

桑田佳祐・弾き語り
http://www.youtube.com/watch?v=iZ8BKcyF17Q

ps.桑田氏の快癒を祈ります。

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夏なんです

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田舎の白い畦道で
埃っぽい風が立ち止まる
地べたにペタンとしゃがみこみ
奴らがビー玉はじいてる
ギンギンギラギラの
太陽なんです
ギンギンギラギラの
夏なんです

鎮守の森は ふかみどり
舞い降りてきた 静けさが
古い茶屋の 店先に
だれかさんとぶらさがる
ホーシーツクツクの
蝉の声です
ホーシーツクツクの
夏なんです

空模様の縫い目を辿って
石畳を駆け抜けると
夏は通り雨と一緒に
連れ立って行ってしまうのです
モンモンモコモコの
入道雲です
モンモンモコモコの
夏なんです

日傘くるくる ぼくはたいくつ
日傘くるくる ぼくはたいくつ

(詩:松本隆。曲:細野晴臣)
http://www.youtube.com/watch?v=iZ8BKcyF17Q

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2010年8月 5日 (木)

増尾好秋さん初出演☆

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本日は、
新澤健一郎(p)さんに「アタマ」でお願いしていたら、
「相方」に、なんと、増尾好秋(g)さんです。
超びっくり!とは、正にこのことでした。

1960年代(後期)、渡辺貞夫バンドでの抜擢&活躍で、私の中でインプットされた増尾さん。
その後、1971年渡米。
そして、1973年、ロリンズ・バンドの一員として「来日」した時、私は参戦していました。
あのロリンズ!に増尾さんが、同じステージに、、、。
その「構図」。感慨深いと言うか、インパクト超あり!でしたね。
※(新宿)「厚生年金会館」と記憶していたのですが、
ディスク収録を見ると、(中野)「サンプラザ」になっています。
複数公演があった?

そんなこともありつつ、
ここで取り上げたいのは、「この一枚」指でOKです。

『リッチー・バイラーク/イン・デュエット・ウィズ 日野皓正&増尾好秋』
1976年9月28、29日。N.Y.。製作:トリオレコード。
※片面3曲づつのデュオを収録。

この盤、ほんとに素晴しい☆
「抒情」とは何か?これを聴け!
って感じです。
正に、私の愛聴盤でした。

実は、このレコード、
増尾さんの出演が決まる前の、5月某日。
『アラビンディア』の終演後、
四方山話の流れの中で、「親方」が、
「昔、ますおさんコピーしてたことあったんだよね」
との意外な述懐を受けて、
急遽、「皆さん」と「鑑賞会」に相成った、、、
そう言う「ご縁の一枚」でもありました。

と言うことで、
お時間のある方は、
ない方も、お時間を捻り出して、
今宵は当店へダッシュ(走り出す様)

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「昧爽」と『風街ろまん』と松本隆

Photo

「昧爽」 
見慣れない言葉です。 
(それって私だけ!?) 

単独で、「音読」はできますよね。 
(それにしても、ちょっとつかえる、、、) 

それでは「質問」です。 

「昧爽どき」 

これを「読」んで下さい。 
(「訓読み」的に) 

それでは、はりきってど~ぞ~! 

この項、続きます、、、。

とても素敵な 
昧爽(あさあけ)どきを 通り抜けてたら 
伽藍とした 防波堤ごしに 
緋色の帆を掲げた都市が 
碇泊しているのが 見えたんです 

♪(リフレイン。1~3番同じ) 
それで ぼくも 
風をあつめて 風をあつめて 
蒼空を翔けたいんです 
蒼空を 

『風をあつめて』(松本隆:詩。細野晴臣:曲)~(2番) 

前項(日記)の「答え」は、 
「あさあけどき」 
でした。 

先日、「あること」(※)から、 
改めて、『風街ろまん』と『HAPPY END』をCDで(LPは実家にある、はず)買い直し、 
聴き直していたのです。 
そして、ライナーの歌詞カード(ページ)を読むと、この箇所が、、、。 
この曲、高校の頃、さんざん聴き、歌って、果ては、コピーしたりしてたので、「ソラ」で歌えますが、 
「歌詞」を読んでたら、2番の「そこ」で、一瞬詰まってしまったのです、、、。 
改めてこの詩を「読む」と、松本隆は、相当「衒学的(ペダンチック)」とも言える、一筋縄ではいかない表記で書いてますね。 
でも、その「表記」は別にして、耳から入って来る(音としての)「詩」は、当時、とても新鮮に響きました。
そして、その「語尾」です。 
「ですます調」のそれ。 
これは、当時、ちょっとなんだか新鮮でした☆ 
考えてみると、1枚目の『はっぴえんど(通称・ゆでめん)』の中で、例えば、 
『春よ来い』 
は、前半は「ですます調」で書かれているんです。 
でも、全体の印象として、「そんな風」には感じませんでした。 
(「後半」は一転して、「非ですます調」なので) 

この『風街ろまん』の、冒頭3曲が「ですます調」で貫かれているんです。 
『抱きしめたい』 
『空いろのくれよん』 
『風をあつめて』 
そして、B面1曲目が、そのものズバリ! 
『夏なんです』 
と来るんです。 

と言う訳で、このアルバム(の副題)を、 
『ですます調の誕生』(バース・オブ・ですます) 
と名付けたいと思います。 

翌年に出た、吉田拓郎の超ヒットアルバム『元気です』 
の命名に影響を与えた!?のか否か、、、。 

以下、長くなりますが、参考のために、(1)(3)を掲げておきます。 

(1) 
街のはずれの 
背のびした路地を 散歩してたら 
汚点(しみ)だらけの 靄ごしに 
起きぬけの路面電車が 
海を渡るのが 見えたんです 
♪(リフレイン) 

(3) 
人気のない 
朝の珈琲屋で 暇をつぶしてたら 
ひび割れた 玻璃(ガラス)ごしに 
摩天楼の衣擦れが 
舗道をひたすのを見たんです 
♪(リフレイン) 

◎(かっこ)の中の「読み」は、私が補ったものです。 

『はっぴいえんど/風街ろまん』(1971年11月) 
(松本隆。細野晴臣。大瀧詠一。鈴木茂) 

※先日、54才で亡くなられた「Kさん」の遺影の両サイドが、 
『風街ろまん』と『HAPPY END』 
だった、、、。

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小三治・池袋の夏

8月は「小三治・池袋の夏」でもあります。
(具体的には、昼の上席、です。「休演日」あり。注意。3、5、8日の「予定」)
その「初日」に行って来ました。

※昨年の「参戦」日記
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1252452130&owner_id=429030

当初の予定だと、9時頃に起きて、10時頃から並んで、、、だったのですが、
「ワールドカップ時差」がまだ続いていて、朝方5時の段階で「目ぱっちり☆」
ま、なりゆき、、、(寝ずに行っても良いか!?)と思っていたら、
『荒井由実1996ライヴ』が「眠剤」になったようで、6時頃「爆」
起きると、これがもう11時になろうかと言うあせあせ(飛び散る汗)

一旦は諦めたのですが、
「ライヴは思い立ったが吉日~『その日』は二度来ない☆の法則」
に従って、先ずは行ってみよう!と池袋演芸場へ。
(「売り切れ御免」の場合もあるのです。昨年「山帰り」に、3時頃に行ったら入れなかった)
12時頃から並んだのですが、なんとか(と言うか、余裕の)「立ち見」で入れました。
結局、右サイドに立っていたのですが、開演直前の「通路座りOK」のアナウンスに、
正面通路・前から4人目、超狭地べた座り(体育座り)の席をキープ(but けつ痛!かった)
「立ち見」は、最終的に「5~60」出ていたでしょうか。
「池袋」で(他の寄席でも)「こんなの」は、今や、小三治さんの時だけでしょう。
(かつては、志ん朝さんの時が「こう」でしたが)

8月1日。昼の部(0:30~4:30)
「落語」 市也。『牛ほめ』 ※「前座」は「番組表」には載らない。以下が「本編」。
「落語」 ろべえ。『元犬』
「漫才」 ホームラン。「野球賭博の話は、あと3ヶ月で忘れられるよ」「?」「ことみつき」
「落語」 禽太夫。『替わり目』
「落語」 福治。『町内の若い衆』
「奇術」 世津子。
「落語」 喜多八。『へっつい幽霊』
「落語」 小里ん。『碁どろ』
「太神楽」 鏡味仙三郎社中。(仙三郎。土瓶まわし(扇子の上で)が至芸!)
「落語」 正蔵。『仔猫』
(お仲入り)
「落語」 三三。『高砂や』
「落語」 さん喬。『棒鱈』
「紙きり」 正楽。『相合傘』(ミッキー&ミニー版のリクエスト。に答えて。これが見事!)他。
「落語」 小三治。『一眼国』
※3:55~4:40。40分強。

えんぴつ小三治~(思い出すまま。細部は「編集」)
しかし、こんな(暑い)日に、よく来るねぇ。
(先ずは、場内「大爆笑」)

何やろうか、、、。

浮かばないんで、、、
誰か、ここ(高座)に来て、何かやってくんないかなぁ~。
(「大爆」)

暑さで「ぼーっ」として、頭がはたらかないね。

私、ご存知の通り、リューマチなんですがね、、、。

「冷房」が嫌いなんです。
特に、あの「風」が。
家(の部屋)では、冷房かけてません。
隣の部屋の「冷気」を、こう、すぅ~っと、入れましてね、、、。

「エチオピア」に行った時の、腿が焼けそうになるくらいの、凄まじい「熱気」の話。

、、、おもむろに、、、(気が付いたら、「前振り」になっている)
浅草の観音様の境内には、昔、いろんな「小屋」がありましてね。
私が、噺家になりたての頃、よく行ったものです。
当時は、羽織が高かったもので、そこで買ったこともありました。
(その羽織の)「紋」が、扇子が開いて、その下に、閉じた扇子がある、と言うやつで、
その「紋」をさんざんけなして、値切って、、、安く買った覚えがありますね。

「見世物」(小屋)ですがね、、、
例えば、
「おおざるこざる」
大きい笊と小さい笊が置いてあるだけなんだ。
「べな」
「鍋」がさかさまにしてあって、、、そこの男が、たまに棒でその頭をたたくんですね。
で、「べな、、、」(とやる気なさそうにとなえる)
そんなんですよ。
でも「そう」とは謳ってないんで、しょうがないんだ。
※『六尺のおおいたち』(志ん生ネタ)は出なかった。

以下『一眼国』へ~。

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8月は、、、

1日。
父の誕生日なのです。
1921(大正10)年生まれ。
おかげさまで、健康で日々過ごしています。
毎日、午後から出かけていって(徘徊ではありません)
ちゃんと「つまみ」(刺身が多い)を買って来て、
「晩酌」(独酌)しています。
この年まで、元気でいてくれて、ほんとに「子孝行」だと思っています。
「感謝」の日々です。

ちなみに、母も「大正生まれ(14年)」なのですが、
腰と膝がちょっと不自由になってきた、以外は、
「頭」も「体」もしっかりしていて、これまた「元気☆」です。
有り難いことです。

私も「健康第一」で、日々新たに☆

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7月「誕生月」大盛り上がり御礼☆

当店「15周年・誕生月」と言うことで、
今月は「ゆかりのある方々」を中心に、「スペシャルもの多発月間」的に組んでみました。

先ずは、当店「出演ダントツno.1ミュージシャン(300+α)」太田惠資さん仕切りセッション、から幕開け。

正に「世界初演」
「滂沱の涙の夜」
など、色々ありまして、、、

31日は、当店「歴代第四位」の、翠川敬基さんの「リーダーバンド」『緑化計画』(-1。早川岳晴)で見事に「〆」
出演ミュージシャン、足をお運びの皆様、ありがとうございました。
この場をお借りして、心より御礼申し上げます。

「区切りとしての7月」でしたが、
「日常」は、また、今日も、そして、明日も続いていきます、、、。
そういう「何気ない日常」
しかし「二度と来ない『有り難い』日々」(それを全き言葉の意味で「無常」と言うのだと)
を大切に、そして、慈しんで、
日々を重ねていきたいと思っています。

猛暑がまだまだ続きそうですが、
皆様、くれぐれもご自愛下さい。

※「このフレーズ」あちこちで「多様」されているような今日この頃。
「取り急ぎ。」あせあせ(飛び散る汗)

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