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2010年7月 2日 (金)

生きてある日は今日ばかり

寝起きの一冊(読)として、ずっと、
『大往生事典~作家の死んだ日と死生観』佐川章。
を日めくり的に読んでいたのですが、
先日「読了」(と言うのか?そんな感じはしないのですが)

と言うことで、今は、
『生と死の歳時記』瀬戸内寂聴。齋藤慎爾。
を起きがけにめくっています。
(やっぱり「生き死に」かよ、と言う)

この本は、齋藤慎爾の企画編集の一冊なのですが、
初めに、俳句が『キーワード』ごとに、6句掲げられていて、
それに対して、寂聴と齋藤がコメントを付けていく、
(だいたい「250字」前後)
そう言う構成になっています。
(前振りが長い、、、。すみません。よく言われますたらーっ(汗))

その中の『空蝉(うつせみ)』の項、の寂聴の言葉。
(一部改行。注。は私)

今年(※)の寂庵の年賀状は『一言芳談』からいただいた。
「あひかまえて、今生は一夜のやどり、夢幻(ゆめまぼろし)の世、とてもかくてもありなむと、真実に思ふべきなり。
後世を思ふ故実には、生涯をかろくし、生きてあらんこと、今日ばかり、ただいまばかりと真実に思ふべきなり」
生きてある日は今日ばかりと思う気持は、このごろの私の真実の実感である。
逢う人はすべて一期一会と思って、心をこめた別れ方をしておきたいと思っている。

※1999年7月1日第1刷。なので、この年のことと思われる。

先日、ハンク・ジョーンズに触れて「いつまでも在ると思うな」
と、自戒を込めて書きましたが、
つい先日、ある方を「見送った」こともあり、
この言葉、深く静かに胸に沁みるのでした、、、。

ちなみに、『音楽』と言う項には、こんな記述も。
(改行。注。は私)

ステレオを買い、はじめてかけたのが、
『ラスト・レコーディング(※)/エリック・ドルフィー』
だった。
私は、全身震えを感じ、聴き終わったら涙を流していた。
なるほど、音楽はこういうものかと思った。
(後略)
※「アルバムタイトル」は『ラスト・デイト』

寂聴さんのその感性、、、凄い!

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