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2009年8月

2009年8月25日 (火)

当店初「ケイタイ」で乱入!

8月22日
『太田印の太鼓判』
吉田隆一(bs、bcl)
小森慶子(cl、bcl)
壷井彰久(vn)
(ケイタイ乱入。音声のみ)
太田惠資(vn)

このユニットに「名前」が付いて、2回目のライヴ。
この日は、「名付け親」の太田さんが登場するかどうかexclamation & question

「太田さんのことだから、絶対『全部持っていく』的な登場するよね」
そんな「恍惚と不安」の中、静かにライヴは始まりました、、、。

「1st」は、「その」プレッシャーからか(?)イマイチ弁舌がフル回転しないよしりゅうさん。
でも、そんなことは関係なく「演奏」の方は凄いところに行ってます。
とりわけ、最後の『夜の底』に震えました。
(何故『夜の底』なんだか、よく判らないのですが。
でもいつも全曲「そう」なんです)

そして、、、
「2nd」の途中で「それ」はやって来ました。
よしりゅうさんのMC中、いきなり前触れもなしに(って、当たり前ですが)
よしりゅうさんのケイタイが鳴ったのです。
なんと呼び出し主は、太田さんだったのです富士山
一瞬店内揺れました!

なにしろ、ケイタイからの音声です。
途中、マイクに掲げて増幅しようと試みましたが、、、
「雰囲気」は伝わるものの、結局あきらめ。
とにかく、「みなさんによろしく」とのメッセージでした。
その「会話」が終わってからの、店内を揺るがす拍手といったら!
本編より盛り上がる拍手ってどうよたらーっ(汗)なんですが。
いや~やはり「全部持っていく」太田さんでした。

それにしても、あのタイミング。
測ったようなあの登場の仕方。
ステージ上の、数々の「太田伝説」とおんなじでは、、、。
これがほんとの
「恐れ入谷の○○○○」
でありました。

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12年越しの「夢」叶う☆

Photo_5 Photo_6 Photo_7 それは、1997年に遡ります。
当店の「保谷時代」です。

おおたか静流さんが、『アラビンディア』のライヴに「お客さん」として来て下さったのです。
それが、私の「おおたかさんとの出会い」でした。
(当然、それ以前に、音源等では存じ上げていましたが)
その後、また「お客さん」としては、「内橋和久ソロ」とか、、、。

で、「その流れ」から、その年の11月に、ありがたいことに、「出演者」として登場していただくことになりました。

『アラビンディア&おおたか静流』
それは、その当時ひらめいた「組み合わせ」なんです。

でも、、、「お初」と言うのは、
「組めばいいってもんじゃない」のです。
「機が熟す」と言うことがあるわけです。
で、今、、、来ました富士山
そして「本日」

感無量です。

とりわけ、ハムザ・エル・ディンに捧げた『HOME』に涙、、、。
ハムザさんは、おおたかさん、そして、常味さんの「師匠」でもあったのです。
正に、ここに「三位一体」(それ以上☆)な時空が現出しました。

カメラ
ピアノの上に、ハムザさんのアルバムがさりげに。
エルモとコルトレーンに挟まれた酒瓶に注目☆
おおたかさん自筆の『静流』です。

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『ダブル・エイジ』の決闘

Photo_4 8月20日
音川英二(ts)
佐藤芳明(acc)
田中信正(p)
高瀬裕(b)
田中栄二(ds)
(予告乱入)
会田桃子(vn)

この日は、『音川(敢て!)最強クインテット』のドラム・トラに、田中栄二さんが座る、と言う構図。
「初演」です☆

「栄二効果」!?で、普段の「英二客席」とは、ちょっと違うメンツと雰囲気でした。

いや~それにしても、田中栄二さん恐るべし!
もう、全員(出演者&お客さん&店主)「笑うしかない」状態に富士山

でも、結局、演奏者が一番「楽しんで」いたかも、、、。
ある曲の途中のソロで、信正さん
「こんなフレーズが出ちゃって、、、手が止まらないよ~。ど~しよう」
状態に、これまた「笑うしかない」店内。
「真剣なプレイ」で、これだけ「笑いをとれる」ミュージシャンは、ノブさまだけexclamation & question

そこに咲く、一輪の花、会田桃子さん。
音川さんの難解なバラードを、正に「初見」で、見事につかんで、それはそれは美しく届けてくれた桃子さんに「イェイ」指でOK

などなど、色々ありまして~
「超」に「超」が付く「大盛り上がり」な夜は更けて行きました。
お疲れ様でした~。

ご好評により(店主勝手決め?)
『ダブル・エイジ』(もう、ユニットかよたらーっ(汗))
次回が決定しております。
10月6日
音川英二(ts)
田中栄二(ds)
佐藤芳明(acc)
他(未定)

「エイジ」な皆様、
「ダブル」でご参集よろしくお願いします。
「そうでない方」も是非☆

『決闘』の現場シーン。
コルトレーンとラシッド・アリ「2009」か!

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ミュージシャンだってフツーに「ミーハー」なのだ

090819 Photo_2 8月19日
小室等(vo、g)
新澤健一郎(p)
太田惠資(vn)

(呼び出され乱入)
高瀬“makoring”麻里子(vo)
佐藤浩秋(b)

「小室とピアニスト・シリーズ~『武満』&more」(vol.5)
(清水一登。黒田京子。千野秀一。林正樹)
※「別格・番外」谷川賢作。

リハから、そして本番と、ずっと、笑顔(幸せ振りまき系)な新澤さん。

小室さんと新澤さんが「お初」なら、
新澤さんと太田さんも、ほぼ「お初」と言う、
「ダブルお初」な一夜に図らずもなりました。

最後は、新澤さん自らのリクエストの『出発(たびだち)の歌』
「これをやらないと終わないんですよ」(小室)
と「自主的ダブルアンコール」が炸裂富士山

「夢」と言えば、
私も、『出発の歌』は、高校時代、モロ・リアルタイムで「フォーク仲間」と熱く歌いましたが、そのことが、まだ昨日のことのようです。
そして、『(1971年)フォーク・ジャンボリー』に参戦し(新潟→岐阜)
「サブ・ステージ」での『六文銭&拓郎』の共演に熱狂したことは、「私の原体験」の一つになっています。
(とりわけ、1時間は大げさですが、30分以上は演っていたのではないかと思われる『人間なんて』は圧巻でした☆)
そんな私にとっても、
その『出発の歌』を、同じステージで、ベースを弾かせてもらい、絶叫する日が来ようとは、、、。
これまた「夢が叶った☆私」、でありました。
(本日が初めてではありませんが)

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入魂120%

090818 8月18日
林正樹(p)
鈴木広志(sax)
小林武文(per)

鬼怒無月(g)

「林正樹・この三人でセッション」4回目。
そこに、鬼怒さん☆
と言う「構図」

これは、4月9日に遡ります、、、。
この「3回目」に、鬼怒さんが「お客さん」で参戦。
ミュージシャン、うれし☆やりにく、って感じでしたがあせあせ
そして、終演後の交歓、、、そこから出たまこと(瓢箪から駒)でありました。

鈴木さん、
「ギターと初めて(ちゃんと)演った!」
んだそうです。
意外ですが、そんなこともあるんですね。

改めて、
鬼怒さんの「入魂一擲」衝撃にやられました。
「三人」も、それに触発(暴発)され、「120%」ダッシュ(走り出す様)って感じでしたね。

カメラ
「いい顔」な鈴木広志さん指でOK

ちょっと「心霊」っぽいですが、、、。
『3 views of ~』って、違うか。
この一枚、結構気に入ってます☆

「超高速フレーズ(音)」が観えてきませんか。
単に「ブレ」以上のものが伝わって来るような、って自画自賛exclamation & question

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壷井彰久『101回目の○○○○○』

Duo 8月14日 
『戌年duo』&一噌幸弘。 
壷井彰久(vn) 
村中俊之(vc) 
 
一噌幸弘(笛・縦横) 

本日は、壷井さん、当店「101回目のご出演」記念日ですぴかぴか(新しい) 
97年4・15が「初出演」です。 
『AUSIA』足立宗亮。一噌幸弘。この日呼ばれデビュー☆壷井彰久。 
で、「初心(初回)に帰り」(?) 
この時のメンバー、一噌さんを、逆にお迎えして、 
一噌さんの曲をつぼいアレンジで、このduoで演ってみよ~! 
と言う「趣向なスペシャル企画」なのでした。 
※普段は、「一噌幸弘バンド」で(「子方」として)やっている壷井さんですから、 
(別名)「親方とっかえライヴ」とも。 

「即興」から始まり、 
一噌さんの、一瞬で客席を凍りつかせる「○○○ギャグ」も怪調にたらーっ(汗)はさみつつ、 
『TONO』で、「本編」は無事(「事故」も若干あったようですが)終了。 

が、ここで終わるわけもなく「アンコール」! 
「プレ・アンコール」として、『アイネ・クライネ~』の冒頭が、打ち合わせ無しで、いきなり☆ 
皆さん(って「お二人」ですが)よく付いていくもんです。 
で「アンコール」には、これまた一噌作『よしのぼり』が爆裂。 
大盛り上がり、、、これで終わるわけもなく、「ダブル・アンコール」!! 
ここで飛び出したのが、 
「最近気に入っているんですが、良い曲(集)ですよね」(一噌) 
なんと『バイエル66番』でしたダッシュ(走り出す様) 
誰もが知っている、あなたもわたしも弾いた(?)「超有名曲」が静かに炸裂。 
(これの「2コード」(?)によるアドリブ) 
と言う意外な展開で、「結局はもっていった感満載」の一噌さんでした。 

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2009年8月18日 (火)

「8・15」~カルメン・マキ『戦争は知らない』

090815 8月15日
カルメン・マキ(vo)
阿部篤志(p)
喜多直毅(vn)

「たまたま12時ちょっと前に起きました。
しばらくするとテレビで『全国戦没者追悼式』が始まりました。
私も、生まれて初めてだったのですが、黙祷を捧げました。
(戦死して)会ったことがないおじを思い浮かべつつ。
、、、
この歌を、今年はたちになった娘に捧げます」

『戦争は知らない』
寺山修司:作詞
加藤ヒロシ:作曲

野に咲く花の名前は知らない
だけども野に咲く花が好き
ぼうしにいっぱいつみゆけば
なぜか涙が涙が出るの

戦争の日を何も知らない
だけど私に父はいない
父を想えばああ荒野に
赤い夕陽が夕陽が沈む

いくさで死んだ悲しい父さん
私はあなたの娘です
二十年後の故郷で
明日お嫁にお嫁に行くの

見ていて下さいはるかな父さん
いわし雲とぶ空の下
いくさ知らずに二十才になって
嫁いで母に母になるの


私の周囲の親戚には、戦争で亡くなった人は、幸い居ないのですが、、、
新潟市に原爆投下の可能性があったこと、
(「そう」であったなら、「私」の存在自体「ない」かもしれなかった)
両親の「青春時代」が、モロに「戦争の時代」にかぶっていたこと、
数え切れない「死者」の「無念」、、、。
そして、
日本(人)の「加害者」としての側面も忘れてはならないことです。

それらのことを想いつつ、
なにより、「歌の力」そして「マキさんの歌の力」で、
熱いものが、、、止まりませんでした、、、。

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2009年8月16日 (日)

9月のスケジュール

9月1(火)阿部篤志(p)ソロ♪(25) ※「ソロ・アルバム」発売記念ぴかぴか(新しい)
2(水)鬼怒無月(g)有田純弘(banjo)♪(28)
3(木)電球浅間俊平(p)石船裕介(b)海老沢幸二(ds)♪(20)
4(金)南ルミコ(vo)清水ゆかり(p)石井康二(b)♪(28)
5(土)坪口昌恭(p)ソロ♪(23)  

6(日)深水郁(vo、p)吉田隆一(bs)壷井彰久(vn)♪(25) 「乱入」佐藤浩秋(b)

7(月)電球伊藤大輔(vo)須川崇志(b)♪(28)
8(火)太田惠資(vn)トッド・ニコルソン(b)田中徳崇(ds)♪(30)
9(水)阿部篤志(p)須川崇志(b)天倉正敬(ds)♪(30)
10(木)天野清継(g)片倉真由子(p)♪(28)
11(金)太田朱美(fl)桜井郁雄(b)♪(28)
12(土)『ジャム・セッション』(ヴォーカルも可)坂本千恵(p)店主(b)♪(15) ※7時スタート。
13(日)常味裕司(oud)吉見征樹(tabla)♪(28)
14(月)天田透(バス・フルート。コントラバス・フルート)今堀恒雄(g)♪(28) 「乱入」天倉正敬(ds)
15(火)電球新井秀昇(ユーフォニアム)野口勇介(tp)瀬田創太(p)野上孟(ds)♪(25) 「乱入」佐藤浩秋(b)
16(水)『クラシック化計画』翠川敬基(vc)菊池香苗(fl)渡部優美(p)平井敬子(p)♪(30)
「曲目」ブラームス:チェロ・ソナタ第一番。シューマン:ピアノ三重奏曲第一番。他
18(金)「酒の会」♪(60) ※店主選定「酒を楽しむ会」
『清泉』大吟醸(鑑評会)出品酒。『亀の翁』純米大吟醸。他。
19(土)坂本千恵(p)岩佐真帆呂(sax)上羽康史(b)三科武史(ds)♪(23)
20(日)喜多直毅(vn)清水一登(p)♪(28)
21(月)電球『Jacoに捧ぐ』坪口昌恭(p)類家心平(tp)田中邦和(sax)♪(30)
23(水)『Era』鬼怒無月(g)壷井彰久(vn)♪(28)
24(木)『黒田京子トリオ』黒田京子(p)太田惠資(vn)翠川敬基(vc)♪(30)
25(金)越田太郎丸(g)ソロ♪(25)
27(日)木村秀子(p)須川崇志(b)伊波淑(per)♪(23) ※7時スタート。
28(月)電球高瀬“MAKORING”麻里子(vo)清水一登(p)♪(28)
29(火)喜多直毅(vn)黒田京子(p)北村聡(bn)♪(30)

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2009年8月12日 (水)

小三治の夏2009

8月10日
池袋演芸場。上席昼。

10日枠のモロ真ん中が「山」にかぶっていて、
他にも色々ありまして、、、
ようやく、最終日に登場と相成った。
(実は、下山した7日に、その足で、ダメもとで(3時頃)行ったのだが「満員札止め」で入場ならず)

予定より、出遅れて、11時過ぎに着。並ぶ。
(今考えると、この時点で、150人ほど並んでいたことになる)
わずかの差で「立ち見」
終演4時半(予定)なので、5時間強の「行程」だ。
ほぼ「山歩き」ですよ。また懲りずに、、、。

以前、当店に出ていただいた、三之助さん、三三(さんざ)さんの「成長」が嬉しい。
(『初天神』『引越しの夢』)

扇橋さんの、なんだか「柳に風」の風情が、やはり「寄席」である。
半分近く、よく聞き取れないのだがたらーっ(汗)
ま、それもこれも扇橋さんの「芸風」ってことで、これも「あり(寄席)」
(『茄子娘』)

(紙切りの)正楽さん。
リクエストで「世界平和」と来て、どうするのかと見ていると、
「ハトを飛ばす子供たち」
で応えた手(チョキ)
ウーム、、、やるもんである。
その三味線(BGM)が『イッツ・ア・スモール・ワールド』
これまたナイスな選曲に喝采!


「のいるこいる」
相変わらずの「芸風」で、やはり「いい味(笑い)」を出している。
「寄席の笑い」だ。
「TVの笑い」ではなく。

そして、丁度4時過ぎ、「まってました~!」小三治さん登場。
(山に例えると、ようやく「頂上」が見えた☆って感じ)
はこが揺れている、、、。
「まくら」に、地震のことなどをふりつつ、12分ほど。
(これでも短いほう。ある時などは「まくら」で30分以上やって、「時間切れ」で「噺」まで行かなかったことあり。数年前、ここで)
この日の噺は『かぼちゃ屋』
どうしようもない与太郎とそのおじさん、そして町内のあにさん、その三人だけの独白と対話で展開する噺。
同じ「かぼちゃ(唐茄子)」を売る、『唐茄子屋(政談)』よりは、さらっとしていて「柳家」と言う感じ。
『唐茄子屋』は、勘当された「若旦那」が、「売り」の途上で、吉原を仰ぎ見つつ「あの頃」を想うところがあり、そこでほろっとさせたりするわけだが、『かぼちゃ屋』は、そんなところはない。
あくまで、単なる「与太郎」なわけで、噺としては淡々と進む、、、。
「淡々」とした「その味」が「小三治」である。
「その味」をしみじみ味わう。
終演、4時35分。
「噺」自体は、20数分。
あっと言う間の30分(一席勝負)
「楽しいこと」もいつかは終わる、、、。
ありがとう&おつかれさま小三治さん。
「わたしの小三治な夏」は終わった。

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「Durch Leiden Freude.」

1248208932_991248208932_139 1248208932_231  このフレーズは、ベートーヴェンの有名な、 
「苦悩から歓喜へ!」 
なのですが、 
「山」を巡る、様々な感慨をこの言葉に重ねてみました。 
(帰りの列車で、たまたま『ベートーヴェンの生涯』(ロマン・ロラン)を読んでいて、このフレーズが出てきて電球) 

当初の予定とは、かなり変わり、 
『燕(つばくろ)岳』 
『槍ヶ岳』 
 
「山」で2泊。 

下山して、予定通り、単独行動にて、 
松本から、大糸線で「北細野」(無人駅!)まで行き、 
ジャズ研の同期のギタリストがやっている、 
『パンプローナ』(スペイン料理店)に出没ペンギン 
結局、2泊。 
昨日などは、全く予定外の、 
『いわさきちひろ(安曇野)美術館』 
探訪もありました。 
(5時間近く居てしまいましたグッド(上向き矢印)) 
なんせ、「店」から徒歩15分なんですよ。ご縁ぴかぴか(新しい) 

てなことで、 
先ずは、無事帰還のお知らせまで。 

取り急ぎ。 

※このフレーズも、「ご自愛下さい。」に引き続き!? 
結構「関係者」間で「使われて」いるらしくたらーっ(汗) 

カメラ 
4日の朝。 
中央の「三角山」が『槍ヶ岳』です。 
「超あっち~」にあります、、、。 
ほぼ「風景」です。 
あんなとこまでいくんかぁ~たらーっ(汗) 
って感じです。 

『槍ヶ岳』山頂まで「あと一時間!」な地点です。 
にじりよって来ました☆ 

「山頂」です富士山 
「歩けば着く!の法則」がここでもまた手(チョキ) 
「人間」って、けっこう偉い(やる~!)です。

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「世界」は広く、そして深い。

1243045344_220 7月27日
安ますみ(vo)
阿部篤志(p)

このセットは、
「エフ・パターン」のうち、「持ち込み企画」でした。
当店の調律師・辻さんより、どうしても!いち早く!!気合でダッシュ(走り出す様)

正直言って、「安ますみ」と言う「存在」すら知りませんでした。
が、、、(失礼しました)
とんでもない方でした。
ありがとうございました。
(もう、先に言ってしまいます☆)

「リハ」の一曲目『ふるさと』で、すでにウルっときたのには、我ながら驚きでした。
当然、ライヴ終了後は、目の前がかすみつつ、自然と安さんに握手を求めていた私がいました、、、。
(当然、べーちゃん、そしてつじさんにも)

だいたい、「前リハ」のほとんどが「歓談」に終始したのですが、
「アフター~」でも、盛り上がり、、、未明(朝方近く)まで。
「約3名」は、ノンアルと言う「構図」がまた、、、。
(「歓談」では、いきなり、安さんが、『90年・イタリア・ワールドカップ』に飛んだことが「判明」。
準決勝「アルゼンチンvsイタリア」(1-1。PK戦4-3)に、文字通り「参戦」。あの試合の「59,978人」の一人だったのだ!嗚呼生マラドーナ☆)

「検索」かけると、色々出てきますが、、、
今年、増尾好秋とコンサートをやられてました。
http://mblog.excite.co.jp/user/ymasuo/entry/detail/?id=8099796
彼だけでなく、とにかく「人脈」が半端じゃありません(とりわけ、水面下の)

※「次回」が「10月29日」に決定しています。皆様是非!

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祝☆出演「100回」

1241339411_229 7月25日
黒田京子(p)
壷井彰久(vn)

当店史上「9人目」の「ご登場・100回」者が出ましたexclamation ×2
壷井彰久さんです。
おめでとうございますぴかぴか(新しい)
&ありがとうございます。

ちなみに、「8人目」が、一噌幸弘さんでした。
これも「何かのご縁」でしょうか。

ちなみに、本日の「初演」は「エフ組み」なのですが、
その発想は、なのはなさんの日記コメントでした。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1142064470&owner_id=429030
言ってみるもんだ、聞いてみるもんだ、でありました。

ちなみに、「そこ」で、数えちゃったのが「敗因」(「勝因」?)でした。
「あれ!壷井さん、もうすぐ「100」いくじゃん富士山」って、、、。

「持ち寄り」ですが、
「黒田の世界」率若干高し☆な選曲。
そこに壷井肉薄するダッシュ(走り出す様)な構図、だったでしょうか。
今までかつて聴いたことがない「不思議な世界」がそこにありました。
またお願いしま~す。
お疲れ様でした~。

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長いお別れ、、、

1241328673_63 7月25日
友人の「告別式」に参列。

この5年、患い、闘ってきたが、遂に「力尽き」
(享年47歳)
22日「日食」の日に。
残された「子」(小4)あり。
その無念はいかばかりか、、、。

うのちゃんと会って以来の「20年」を想う。
「出会い」は、友人の「新婚家庭」にて。
(高校の)友人のおかみさんが彼女と(大学の)同級生と言う「関係」
たまたま彼女の実家がその近くと言うことで、
「犬の散歩」の途中にぶらりと寄った彼女、を紹介されたのが最初であった。

当店、出演ミュージシャンでもあった。

971223 『シーサーズ』持田明美。宇野世志恵。&坂本弘道。
001029 『アンチャン・プロジェクト』安場淳。宇野世志恵。服部夏樹。
020331 『アンチャン・プロジェクト』安場淳。宇野世志恵。服部夏樹。
051130 坂本弘道。&『アンチャン・プロジェクト』安場淳。宇野世志恵。

「あの時」、既に発病していたのだ。
そんなそぶりは微塵も見せず、明るく、ひたすら明るく弾けて歌って踊ったうのちゃん。

ご冥福をお祈りします。
合掌。

【宇野世志恵に捧ぐ】
こころざし半ば無念にいった君 『いくつ人影見送っただろう』

逆縁はかなしかりけり
虚空へとたゆとう白鳥
献魂一滴

逆縁の無念きわまる君のため
ただことばなく朋と手向ける

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「超々弩級」から「超々々弩級」へ

ちなみに、日本の文献においては、
15インチ(38.1cm)~16インチ(40.6cm)砲を搭載した戦艦を「超々弩級」
18インチ超(46cm)主砲を採用した「大和型戦艦」を「超々々弩級戦艦」
と称したものがごく少数だが見られる。

(「ウィキ」より)

なんだか、昔から「超」「超」言ってたわけですね。
大の大人がたらーっ(汗)
(まだ、掛かるのは「名詞」止まりですが、、、)

※「超」ノート(覚書)

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「弩級」から「超弩級」へ~「超」ノート

『ドレッドノート(HMS Dreadnought)』(1906年完成) 
イギリス海軍の戦艦。 
「ド級(弩級)」 
「超ド級(超弩級)」 
と言う表現は本艦に由来する。 

『オライオン級戦艦 (Orion class battleship)』(1912年完成) 
イギリス海軍が運用した最初の「超弩級戦艦」で、1912年から1922年まで用いられた。 
「超弩級戦艦」とは、「ドレッドノート」を超える規模の戦艦・巡洋戦艦。 
「スーパー・ドレッドノート・クラス」 
この艦の起工後にマスコミに情報が漏れてしまい、 
「ドレッドノート」よりも大型(13.5インチ/34.3cm)の砲を搭載した事から、 
「Super Dreadnoughts」と報道した事に端を発する。 
従って正式な「軍事用語」というよりは、「マスコミ用語」が起源である。 

なおこの「弩」は「ドレッドノート」の頭の音を取った当て字であり、 
現在でも「とてつもなく大きい」「もの凄い迫力」などを表現するのに使われる。 

(以上「ウィキ」からの切り貼り) 

※「超」ノート(覚書)

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超弩級

1240192018_161 7月21日
喜多直毅(vn)
斎藤徹(b)
黒田京子(p)

斎藤徹(てっちゃん)とは、「長い」のであります。
それは、1980年前後、初台にあった『騒』(がや)に遡ります。
阿部薫が、夜な夜なたむろし(出没と言うか、、、ほぼ、住んでいた!?)
とか、、、
当時のフリー(系)ミュージシャンの殆どは出ていたのでは?
と言う、今や、「伝説のライヴハウス」『騒』

そんな中に、てっちゃんが、
ある時は、お客で、ある時は、出演者で『騒』に出入りしていたのでありました。

ちなみに(当時、レギュラーで『騒』に出演)『宇梶昌二トリオ』の、私の「後釜ベーシスト」がてっちゃんです。
その「チェンジ」直後、中央大学(@八王子)の文化祭で、『宇梶トリオ』と対バン(こちらは、『金子郁夫トリオ』)になったこともありました。

彼のファーストアルバム『東京タンゴ』が出た時もよ~く覚えています。
ちなみに、(荻窪)『グッドマン』でそれを聴きました。

語っていくと、あれこれあって、、、長くなります、、、。

ともあれ、
てっちゃんは、「同業者」として、否、それ以上に、
様々な意味で、リスペクトしている数少ないミュージシャンです。

その、斎藤徹と、
喜多直毅&黒田京子、なんてことが、今ここに現出するとはダッシュ(走り出す様)
(「二回目」ですが、今回の「バンマス」は、喜多君です)
「そう言う時代(とき)」が来たのです。
感慨深いです、、、。

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