『わたしが子どもだったころ~近藤等則』
090215
中学の部活、ブラバンか化学部で迷っていた時に、「背中を押してくれた」のがお母さんだった、、、。
親は、子供のことを良く見ているもんだと、改めてありがたく思った。
近藤さんとは、1975年頃、法政学館の月例企画『ニュー・ジャズ・シンジケート』で、何回かステージを共にしたことがある。
その頃は「坊主頭」で、眼光鋭く、見るからに精悍☆そのものな「若者」であった。
プレイは、「当時の相方のベース奏者・+」でステージに上がっていたように思うが、
そのスタイル(音)は割合「モード・フリー」と言う感じで、「ド・フリー(奏者)」と言う印象はあまりない、、、。
実は、近藤さんは、クリフォード・ブラウンを相当研究コピーされていて、
当時、そのコピー集(当然「自主制作」)を「買わない?」って話かけられたと、私の従兄(某大ビッグバンド。トランペット)から聞いたことがある。
その近藤さん、甲野善紀さんと「交友」があり、これまた「世の中狭い」のであった。
最近、ある講座で、念願の「甲野さん」と接する機会を得、私の「(甲野&近藤&私)トライアングル」は、ようやくリアルに繋がったのであった。
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