武満徹と私(1)
1990年10月8日。
この日、武満は「60歳」の誕生日を迎えた。
そのことを祝って、この年様々な「祝典」が催された。
私は、10月9日
『武満徹60th バースデイ セレブレイション』@サントリー・ホール
に参戦。
終演後、帰ろうとして出口に向かうと、
たまたまロビーにいらした(知人を待ってらしたのだと思う)
武満さんに遭遇!
即「ミーハー・モード」になり、サインをしていただく。
その時のプログラムとサイン。
※右下三分の一くらいのところにあり。
筆圧強し!
たまたま手持ちの、ボールペンで書いていただいたのですが、
「Toru」が(「活版印刷」のように)モロに「刻印」されています。
三枚目(右)の写真の、
左サイド、真ん中ちょっと上の「言葉」
「私は沈黙と測りあえるほどに強い、
一つの音に至りたい。」
(『音、沈黙と測りあえるほどに』~『一つの音』より)
この言葉、「今」改めて、かみ締めたいと思います。
「一つの音に至りたい☆」
「音楽」とは、
その「表現」とは、、、
「そう言うこと」なんだと、
思います、、、。
「追記」
その日の、出演者、
岩城宏之、鶴田錦史、も、今や「冥界」です。
改めて、合掌。
それにしても、このコンサートに行ってから、
ほぼ「18年」が過ぎたと言うのは、、、改めて、驚きでした。
ほぼ「20年前」になるのですね。
ウーム、、、。
この日、武満は「60歳」の誕生日を迎えた。
そのことを祝って、この年様々な「祝典」が催された。
私は、10月9日
『武満徹60th バースデイ セレブレイション』@サントリー・ホール
に参戦。
終演後、帰ろうとして出口に向かうと、
たまたまロビーにいらした(知人を待ってらしたのだと思う)
武満さんに遭遇!
即「ミーハー・モード」になり、サインをしていただく。
その時のプログラムとサイン。
※右下三分の一くらいのところにあり。
筆圧強し!
たまたま手持ちの、ボールペンで書いていただいたのですが、
「Toru」が(「活版印刷」のように)モロに「刻印」されています。
三枚目(右)の写真の、
左サイド、真ん中ちょっと上の「言葉」
「私は沈黙と測りあえるほどに強い、
一つの音に至りたい。」
(『音、沈黙と測りあえるほどに』~『一つの音』より)
この言葉、「今」改めて、かみ締めたいと思います。
「一つの音に至りたい☆」
「音楽」とは、
その「表現」とは、、、
「そう言うこと」なんだと、
思います、、、。
「追記」
その日の、出演者、
岩城宏之、鶴田錦史、も、今や「冥界」です。
改めて、合掌。
それにしても、このコンサートに行ってから、
ほぼ「18年」が過ぎたと言うのは、、、改めて、驚きでした。
ほぼ「20年前」になるのですね。
ウーム、、、。
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コメント
沈黙と測りあえるほどの強さをもつ一音。どんな一音なのでしょう…。
in F の本棚に武満さんの本があって思わず手に取りました。
何だか人の書斎におじゃましたみたいで、良い雰囲気ですよね~♪
私は『音、沈黙と測りあえるほどに』と『樹の鏡、草原の鏡』を持っていますが、『音、…』は、若い頃のエッセイ集で、自分の曲が認められなくて涙したり、作曲する上での日々の発見と失望の繰り返し、子供が生まれた喜びをつづった「Vita Nova」など…初々しくていいですね。
音楽もさることながら、私は武満さんの書かれた詩的な言葉も好きです。
かなり以前に、ルドンの絵の解説で日曜美術館に出演されたとき、「閉じた眼、開かれた耳」ということを言われて、これにもすごく感銘を受けました。
彼の曲は大学時代に結構聴きに行きましたが、「弦楽のためのレクイエム」が好きでした。深い悲しみの呼吸のような曲。その後も「ノヴェンバーステップス」とか「アーク」とか聴いたと思うのですが、いまひとつ印象に残っていません。
最近、音楽は救済かな~と時々思います。自分がこんなに音楽を必要とする人だとは気づかなかった。武満にも再会してみようかなと思っています。
投稿: Carmen | 2008年3月16日 (日) 23時09分
コメントありがとうございました。
ご来店もいただいていたのですね。
こちらも、重ねて、お礼申し上げます。
『音、・・・』
昔読んだと思うのですが、
「認められなくて涙した」
「子供が生まれた喜び」
など、、、覚えていませんでした。
(困ったもんですね)
彼の「文章」「発言」は、結構「リアルタイム」で、「その場その時」に読んだり聴いたりしたように思います。
とりわけ、自覚的に音楽全般を聴くようになった「(19)70年代」に、「思想的」に非常な影響を受けました。
(あと「同時代人」として影響を受けたのは、高橋悠治さんですね。
吉田秀和さんは「別格」として)
私は『時間の園丁』(ときのえんてい)を持っています。
正に「遺稿集」ですね。
この、前半(全体の半分位)の初出は、毎日新聞の夕刊に(月一ペース)(1992年8月~95年12月)載ったものですが、この連載は、載った当初から、リアルタイムで、それこそ、赤鉛筆で線を引きながら、二読三読したものでした。
「病」を知ってからは、なおさら、気合を入れて、文字通り「最後のメッセージ」として一語一語を脳裏に刻みました。
「武満さんの詩的な言葉」
正にそうですね。
そして「日曜美術館」(のようなたたずまい)が似合う方でした。
このところ、また、武満さんの曲や著作を引っ張り出しています。
その最近読んだ、小澤さんとの対談(1973年12月)の、以下の発言には、改めて驚きを禁じえませんでした。
「日本で、音楽で生活するということは絶対できない。ぼくが生活していられるのは外国のおかげですよ」
あの「世界のタケミツ」ですら、「日本の現実」は「こう」だったのですね、、、。
「音楽は救済」
私も深く激しくそう思います。
私の中で「音楽は宗教」になっています、、、。
投稿: インエフ | 2008年3月27日 (木) 19時02分
こんにちは。
偶然発見したblogです。
残念ながら
お店にうかがったことはなく……。
あるひととのちょっとした出会い、
というのがありますね。
当方は音楽関係の仕事をしていますが、
やはりそうしたことを
ひじょうにしばしば感じています。
先月、
『武満徹エッセイ集』(筑摩学芸文庫)
というのがでました。
お持ちの本のなかのものもはいっていますが、
それ以外、
おそらくお読みになっていない文章も
はいっていると思いますので、
よろしかったら手にとってみてください。
『武満徹対談選』につづいて、
大竹伸朗さんの描きおろしの表紙、です。
意外にみなさん気づかれないですけど。
では!
投稿: J. | 2008年10月 2日 (木) 09時17分
書き込みありがとうございました。
「出会い」は、
「偶然」にして「必然」?
なんでしょうか、、、。
『武満徹エッセイ集』(筑摩学芸文庫)
は知りませんでした。
最近は、「新刊」にとんと疎いもので。
それでは、先ずは本屋で手に取ってみたいと思います。
機会がありましたら「店」の方にもお越しいただけると幸いです。
ではまた。
投稿: インエフ | 2008年10月 2日 (木) 11時46分