1995年
1995年7月17日 「オープン」しました。保谷にて。
1998年3月末まで営業。
その後、同年4月19日に、大泉学園へ移転。
| 950908 横山涼一。宮野裕司。 |
| 9509 三品真美。高木潤一。 |
| 9509 岩見淳三。YAYOI。 |
| 9510 横山涼一。三木俊雄。 |
| 9510 三品真美。高木潤一。 |
| 9510 岩見淳三。YAYOI。 |
| 9511 横山涼一。?。 |
| 9511 三品真美。高木潤一。 |
| 9511 岩見淳三。YAYOI。 |
| 9512 横山涼一。?。 |
| 951212 小宮いちゆう。金子郁夫。西尾賢。佐藤浩秋。 |
| 951219 岩見淳三。YAYOI。川畑良之助。 |
「9・8」、当店「初ライヴ」☆です。
横山涼一君は、「ジャズ研の同期」のベーシストです。
世良譲のレギュラーべーシストでした。
「相方」に、宮野裕司さんを指名。
宮野裕司さん、当店の歴史的「第一回目出演」ミュージシャン。
三品真美さんは、これまた、「ジャズ研同期」のヴォーカリストです。
「相方」(直前に「デュオ・アルバム」リリース)高木潤一さん。
高木さん、実は、当店の「第二回目出演」ミュージシャンなのです。
岩見淳三君は、ジャズ研の(一応)後輩のギタリストです。
在籍中は、カルテット、あるいはデュオを組んでいたこともあります。
現在『原信男とシャープス&フラッツ』に在籍。
YAYOIさんも、ジャズ研の後輩のヴォーカリストです。
岩見君の奥様でもあります。
この頃『ファースト・デュオ・アルバム』をリリース。
この「ライナー・ノーツ」、私が書かせてもらいました。
小宮いちゆう(tp)さん。
金子郁夫(as)さん。
西尾賢(p)さん。
は、『ニュー・ジャズ・シンジケート』繋がりのミュージシャンです。
小宮さん、金子さんは、ジャズ研の先輩にも当たります。
『ニュー・ジャズ・シンジケート』
1974年6月15日。
法政大学学生会館の「自主企画」として、始まりました。
「フリーを志向するミュージシャンの個人参加型セッション」
がコンセプト(バンド参加は不可)
基本的に、月一回、pm3~9時。学館大ホールにて開催。
「学館生活」は、70年代までで、
80年代以降は、
『ハバナ・ムーン』(新宿)
『グッドマン』(荻窪)
『ゴールデン・バット』(吉祥寺)
などに「拠点」を移しつつ活動を続ける。
音楽監督は原尞(p)。
※後年、ハードボイルド作家として『そして夜は甦る』でデビュー。
『私が殺した少女』で「直木賞」受賞。
1978年『ジ・オリジナル・オーケストラ』(三枚組)を発表。
(井上敬三。豊住芳三郎。らが参加している)
1979年『富樫雅彦&ニュー・ジャズ・シンジケート』(草月ホール)
他(後日、加筆します)
「参加者」として(順不同。敬称略)
阿部薫。近藤等則。土取利行。橋本一子。梅津和時。etc.


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