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2007年10月 5日 (金)

間章・覚書(1969~72)

1969年
●立教大学中退。
●ジャズを契機とする闘争集団「JRJE」(日本リアル・ジャズ集団)にて活動。高柳昌行、吉沢元治、阿部薫、高木元輝、豊住芳三郎などとの作業のほか、『ジャズ』誌に「シカゴ前衛派論」、「前兆又はシカゴ前衛派の未明へ」などを発表。

1970年
●『ジャズ』誌に「開示又はエピグラフを含むジャズ円周率への接近」、「軌跡又は日本のジャズの未知なるものと自立への弁証法」などさまざまな批評を発表。
●JRJEの機関誌『ECLIPSE』創刊。
●初のレコード・プロデュースともなった《解体的交感》(阿部薫、高柳昌行が出演)を新宿厚生年金会館小ホールにてプロデュース。コンサートは一部分を200枚の限定プレスでレコード化。
●同年末渡仏。パリでスティーヴ・レイシーと出会う。

1971年
●病により帰国。郷里の新潟市に戻る。
●イヴェント「自由空間」の準備を始める。

1972年
●初のライナーノーツを『ラジオのように/ブリジット・フォンテーヌ』で手がける。
●渋谷ジァンジァンの《モーニング・サウンド》シリーズのプロデュースに参加。
●新潟市体育館で新潟現代音楽祭《自由空間》をプロデュース。出演は吉沢元治、高木元輝トリオ、三上寛、海童道宗祖(ワタヅミドウシュウソ)ほか多数。聴衆は2000人。この模様はNHK総合テレビでドキュメントとして放映される。
●新潟ロックンロール・フェスティヴァル《サウンド・イヴェント 半夏》をプロデュース。
●渋谷の東横劇場にて《瞽女・姻》をプロデュース。瞽女(中静ミサオ、金子セキ、加藤イサ)、木田林松栄(三味線)、望月亞江(薩摩琵琶)、吉沢元治、土方巽(舞踊)などが出演。


『ラジオのように』が「初ライナー」だったんだ~。
ウーム、、、。
出た直後(地元のジャズ喫茶。移転前の)『スワン』でよくかかっていたなぁ。結構「衝撃の1枚」でありました。

『自由空間』行きました。
でも、あんまり覚えていないのです、、、(情けなや)
「海童道宗祖」、、、なんて読むんだexclamation & question
ってのが、とても印象に残っています。
映像として残っていたら、『アーカイヴズ』あたりでやらないかな。

『サウンド・イヴェント 半夏』
行ったような、行かないような、、、。
この時の出演者、どなたかご存知ですか?

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コメント

懐かしい名前ですね@@間章!!海童道は<わだつみどう?>だった様な気が?尺八を太く大きく(長く?)した竹笛?宗祖はそのまま*しゅうそ*35年位前♪東武練馬にあったジャズ喫茶でLPを聴いてジャケットと解説を読んだ記憶が……〆
〓原田〓

投稿: 原田 博史 | 2007年10月21日 (日) 02時15分

そうです、
「わだつみどうしゅうそ」
ですね。
(今にして読めますが、、、)

東武練馬のジャズ喫茶ですか。
そのようなレコードかけるとは、
かなり「イってる」店だったんでしょうね。

今や「ジャズ喫茶」なる言葉自体が「死語」ですものね。
全く「時代は変わる」です☆

投稿: インエフ | 2007年10月21日 (日) 11時37分

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