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2007年9月

2007年9月25日 (火)

10月のスケジュール

10月2(火)『MASARA』高木潤一(g)太田惠資(vn)吉見征樹(tabla)

3(水)白須今(vn)他

4(木)榊原大(p)室屋光一郎(vn)竹本一匹(per)

5(金)新澤健一郎(p)永田利樹(b)鶴谷智生(ds)

6(土)壷井彰久(vn)珠希真利(vc) (ゲスト・2曲のみ参加)志田保郎(g)

8(月)永田砂知子(per)吉見征樹(tabla)

9(火)会田桃子(vn)大塚雄一(acc、g)海沼正利(per)

10(水)壷井彰久(vn)林正樹(p)

11(木)清水一登(p)ソロ (ゲスト)板倉文(g)

12(金)柳家〆治(落語)

13(土)7時~『ジャム・セッション』(ヴォーカルも可)坂本千恵(p)店主(b)

16(火)『Dimax』中村真(p)伊藤大輔(vo)

18(木)富樫春生(p)旧橋壮(sax)ウィンチェスター・テテ(per)

19(金)10月の『酒の会』 ※お任せ「4銘柄と料理」を楽しむ会。

20(土)トリ音(テルミン)ナオミール(vo)奥山明(g)

22(月)梅津和時(sax,cl)太田惠資(vn)

23(火)八木美知依(筝)大友良英(g)

24(水)『黒田京子トリオ』黒田京子(p)太田惠資(vn)翠川敬基(vc)

25(木)『ていすけ』啼鵬(Bandoneon、他)ただすけ(p、他)

27(土)『AREPOS』れいち(vo)清水一登(p)

28(日)池田千夏(p)大坪寛彦(b)

29(月)千野秀一(p)喜多直毅(vn)翠川敬基(vc)

30(火)谷川賢作(p)会田桃子(vn)

31(木)坂本弘道(vc)他

11月2(金)小室等(vo、g)千野秀一(p)太田惠資(vn)

3(土)『アラビンディア』常味裕司(oud)太田惠資(vn)吉見征樹(tabla)

6(火)岡部洋一(per)伊藤江理(笙)河田嘉彦(ディジュリデゥー)

9(金)会田桃子(vn)南博(p)鳥越啓介(b)

10(土) 7時~『ジャム・セッション』(ヴォーカルも可)坂本千恵(p)店主(b)

14(水)鬼怒無月(g)吉野弘志(b)吉見征樹(tabla)

16(金)ハクエイ・キム(p)塩田哲嗣(b)広瀬潤次(ds)

18(日)坂本千恵(p)岩佐真帆呂(sax)山口裕之(b)三科武史(ds)

19(月)新澤健一郎(p、key)林正樹(p、key) 
※「予告乱入」森泰人(b)

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久々の「石川節」にのけぞる☆

24日
「音の十字路 vol.6」
(坂本弘道・in F・シリーズ)
坂本弘道(vc、vo)
谷口・マルタ・正明(vo、g、per)
石川浩司(perc、g、vo) ※『たま』(だった)の人

一週間前に「決定」「告知」だったので、「入り」は、果たしてexclamation & question
と思われたのですが、
ありがたいことに「『つ』離れ」(※)でありました。
(※ この言葉判ります?
「一つ」「二つ」、、、「九つ」「十」、から来てます。
「寄席」などで使われる「符牒」ですね)

意外や意外☆
この三者での「コラボ」は「初」とのことでした。

静かに、奇妙に、微妙に、熱いステージだったです。

石川さんの「ネタ」を一つ。
「今日のために作ってきました。新曲です!」
(テキトーにへんしゅう)

♪マルタの「マ」。さかもとの「サ」。いしかわの「イ」
(なので)今日は『マサイ族』!
友人の「マサ」が死んで、親族にこう言ったのさ。
「まさいぞく」(マサ遺族)
(ちゃんちゃん(^_^;))

爆笑&落涙でありました。
石川さん、ただでは、ころびませんね。
いつも「何か」仕込んで来ますが、
本日は「これ」だった電球

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2007年9月13日 (木)

『in“F”の歴史』口上

この数日来、重い腰を上げ、12年にわたる、当店の「ライヴ履歴」を『エクセル』に打ち込んでいます。

自分でも、忘れていた、あるいは誤ってインプットしていた、諸々の「事実(真実!?)」がぼろぼろ出てきて、結構我を忘れて打ち込んでいます。
ある意味、自己確認の、楽しい作業です指でOK

以前から、やらなくちゃと思っていたのですが、
直接の「背押し」(という言葉あるのか)は、
富樫さんのご逝去に伴い、富樫さんの、当店「出演履歴」を確認したかったためです。

で、一部「解禁」
(ってか、過去に発表されているわけですから「解禁」ではないのでしょうが)
1998年5月3日。
富樫雅彦・ソロ(二部で「セッション」)
「セッション参加者」
小宮いちゆう。庄田次郎。雨宮拓。佐藤浩秋。宮内俊郎。
※以上『ニュー・ジャズ・シンジケート』組。
「「連中」元気なの?久しぶりにやろうよ!」から設定されたのでした。
他に(「オープン参加」として、、、)さがゆき。荒井皆子。

この「富樫ソロ+」は、当店「大泉移転」ライヴ第三弾でした。

(4月19日「オープニング・パーティ」)
(移転)「口開け」ライヴは、
4月20日。
内橋和久。芳垣安洋。
お2人には「保谷時代」から出ていただいていましたが、「duo」では、当店「お初」でした。
(三分の二『アルタード』と言うか(^_^;))

そして、(富樫ソロ)の前日、第二弾が、
5月2日。
鬼怒無月。足立龍介。
「ゲスト」足立宗宥(当時の「表記」による)
「(関係者間)予告乱入」一噌幸弘。壷井彰久。

『足立兄弟』(1995年5月以来)久々の「復活」でした☆
それも、鬼怒さんとの『スーパー・ギター・トリオ』として。
(2ステージ「全面的」に、ではありません。
基本的に、当初は「鬼怒&龍介duo」としての日でした。
鬼怒さんのお骨折りによる。)

そして、そこに一噌、壷井、と来れば、
一瞬『AUSIA』状態になるではありませんか。
「鬼怒&『AUSIA』(&龍介)」状態も衝撃

と、まあ、書いている本人も、なんだか、わけ判らなくなっておりまして、、、。
改めて「ライヴは現場だ!」としみじみ思うわけであります。

※しかし、この年、宗亮さん、8月に「病」ため、入院生活を余儀なくされ、演奏活動は、しばらく「休止」(『AUSIA』『足立兄弟』)

以降、『ブログ』に、少しづつUPしていきたいと思っています。
(1996年1月までUP)
http://in-f.cocolog-nifty.com/blog/inf/index.html

ps.こちらの「不手際」から、1995、96年の「記録」が、かなり散逸しております。
この年に、当店の(どれそれの)ライヴに行った。
出演した(これは、ミュージシャンですね)
という「情報」等ありましたら、お寄せいただけると幸いです。

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富樫雅彦と私(1)

1973年
『フリー・ジャズ大祭~インスピレーション&パワーvol.1』
(副島輝人企画)
「富樫雅彦・佐藤允彦duo」
これが、富樫の「70年1月以降」(「車椅子生活」を余儀なくされる)の「復帰第一戦」だった。
(『双晶』としてアルバム化)

その時、私大学一年生。東京に出てきたばかり。
ジャズ研に入り、ベースを始めた。
で、ジャズ研の先輩何人かが、スタッフをやっていた関係で、「ビラ配り」をおおせつかり、その「ギャラ」として、招待券一枚をもらったのだった。
いくつかあったライヴの中から、私は、ベース修行のため(ベースの入っているバンドとして)『がらん堂』(佐藤允彦、翠川敬基、田中保積)を選択。

後に、『富樫・佐藤duo』の方へ行けば良かったと後悔するのだが、、、。
(その時は、その「歴史的意義」が、いまいち判らなかったのだ)
もちろん『がらん堂』は素晴らしかったが、「歴史の証人」としての「非参戦的後悔」

だが、後年「そのduo」を、自分の店で聴くことになろうとは、、、。
そして、その前に「共演」することになろうとは、、、。

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2007年9月 5日 (水)

本日も「世界の音☆」だった!

1日
『Era』
鬼怒無月(g)
壷井彰久(vn)
&吉見征樹(tabla)

店主誕生日ご祝儀的ライヴバースデー

この三人では、「初演」ではないが、「再演」(?)くらいな感じで、ともあれ、結構「レア・ライヴ」

なので、少々前から「座りソールドアウト」状態で、客席は静かに盛り上がっておりました手(チョキ)
加えて、「予約立ち見」「当日」の方なども交えて、開けて見ると「超」がつく「満員」でした。
なによりの「プレゼント」です。
改めて、ご来店のお客さんに、お礼申し上げます。
そして、サーヴィスが行き届かなかったこと等、お詫び申し上げますm(__)m

さて、演奏の方は、、、
言わずもがなでしょう。
「世界の音☆」でした。
正に「トーキョー・ミュージック・シーン」が間違いなく炸裂していました。
このような「世界の音(パフォーマンス)」が、日常的に展開されているのですから、改めて「トーキョーのシーン」は凄いです!

メンバーから『(高濃度)秋ウコン』をいただきました。
これからも精進せよ!というメッセージでしょう。
ありがたく胸にたたみつつ、心して頂戴しました。
(ちなみに、私「浩秋」ですから、「私のウコン」ということになりますね(^_^;))

私の「GじゅうEさい」の初日、そして「秋」の初日は、大盛り上がりの中過ぎていきました。

何より「健康」で、この日を過ごせた事に「感謝」です。

改めて、皆様のご活躍とご健勝をお祈りいたします。

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9月のスケジュール

1(土)『Era』鬼怒無月(g)壷井彰久(vn)+吉見征樹(tabla)

3(月)喜多直毅(vn)会田桃子(vn)鳥越啓介(b)

4(火)天田透(bfl)谷川賢作(p)鳥越啓介(b)

5(水)白須今(vn)赤塚謙一(tp)伊賀拓郎(p)野口明生(p)堤博明(g)本田浩卓(b)川島佑介(ds)

6(木)『エル・タンゴ・ビーボ』熊田洋(p)東谷健司(b)

7(金)榊原大(p)竹本一匹(per)

8(土)7時~『ジャム・セッション』(ヴォーカルも可)坂本千恵(p)店主(b)

10(月)川嶋哲郎(ts)伊賀拓郎(p)

11(火)池田千夏(p)青木タイセイ(tb、b)

12(水)櫛田哲太郎(vn)平田フミト(p)

13(木)清水ゆかり(p)石井康司二(b)南ルミコ(vo)

14(金)渡辺薫(笛、fl)天田透(bfl)

15(土)『クラシック化計画』翠川敬基(vc)菊池香苗(fl)渡部優美(p)喜多直毅(vn)会田桃子(vn)

16(日)壷井彰久(vn)ソロ

18(火)『スフォッフォ』林正樹(p)鳥越啓介(b)田中栄二(ds)

20(木)9月の『酒の会』
お任せ「4銘柄と料理」を楽しむ会。原価率超高し☆

21(金)河田嘉彦(ディジュリデゥー)
『Psy-VOGUE』 Rich、DT+Cui(MC、Sampler)

22(土)『QUADRA』岩佐真帆呂(ss、ts)酒井聡行(as)宮地傑(ts)武田和大(bs)

23(日)5時~。
M瓶★獅子谷(ds)坂本千恵(p)大森哲也(b)
※「第三部」セッションあり。

24(月)坂本弘道(vc)他

25(火)啼鵬(p、他)松本民菜(vo)一本茂樹(b)

26(水)鬼怒無月(g)松田美緒(vo)

27(木)カルメン・マキ(vo)新澤健一郎(p)
※「予告乱入」喜多直毅(vn)

29(土)上野洋子(vo)今堀恒雄(g)

10月2(火)『MASARA』高木潤一(g)太田惠資(vn)吉見征樹(tabla)

4(木)榊原大(p)室屋光一郎(vn)竹本一匹(per)
※「予約」詳細は、「インエフ・コミュ」へ。

5(金)新澤健一郎(p)永田利樹(b)鶴谷智生(ds)

6(土)壷井彰久(vn)珠希真利(vc)
(ゲスト・2曲のみ参加)志田保郎(g)

8(月)永田砂知子(per)吉見征樹(tabla)

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2007年9月 3日 (月)

山下洋輔さんからの「プレゼント」

『Oh!からわばん』(季刊)という、大泉学園(周辺)タウン誌があるのだが、そこに「エッセイ」のコーナーがあって、今までも、当店ゆかりの方々がポツラポツラと登場している。
(おおたか静流さん、小室等さん)

今回は、山下洋輔さん。
読んでいくと、なんと、いきなり当店のことが☆
(一部改行)

 大泉学園といえば、駅前の英林堂とライブスポット「in F」がすぐに頭に浮かぶ。
英林堂は家内の姉夫妻が始めたもので、付属のカルチャースクールの主催で一度ソロピアノコンサートをやったことがある。
「in F」は創造的なジャズミュージシャン達に支持される名物スポットで、つまり生活に欠かせない「本とジャズ」が揃っている街だった。
(後略)

いや~嬉しいではありませんか(^_^)
それも、誕生日当日に、正に「測ったように」届けていただいて。
山下さん的には「無意識」でしょうが、
私的には、ものすごく「元気が出る」プレゼントになりました。
この場を借りて、お礼申し上げます。
ありがとうございました。

ちなみに、山下さんは、一度だけご来店されているのだ。
上記の「ソロコンサート」の後に、寄って下さったのだった。
手帳をくくると、それは、1998年6月7日(土)のことだった。
当日は、吉野弘志(b)橋本一子(p)duoの日。
「(コンサートの後で)お忍びで行くからね、、、」
1stセットの途中で、ご夫婦でご来店。
しかし、当店のつくりでは「お忍び」は叶うわけもなく、ドアが開いた瞬間、お二人「目点」になっていたですね(^_^;)
その時、山下さんは『久保田(千寿)』をお呑みになりました。

その後、コンサート(ライヴ)会場で、お会いして、ご挨拶することが何回かあった。
最近では、昨年、ピットインで、一噌グループに、ゲストで出演された時、終演後しばしご挨拶と立ち話。
(お渡しした、当店「スケジュール表」を見て)
「相変わらず、濃いことやってるね。云々」
と言っていただいた。
結構、他のミュージシャンから、当店のことは聞いているご様子だった。

山下洋輔(トリオ)と言えば、
昨年の「オーネット」との共演が、最近聴いたコンサート。
初の「山下体験」は、(まだ新潟にいた頃だったので)1971年頃だったと思うのだが、なんと、相撲場を舞台にした「ノンジャンル的イヴェント」があって、そこに、山下トリオが参戦したのだった。
(他に、『頭脳警察』とか)
山下トリオの途中で「(住民の)迷惑!タレコミ」があったようで、電源がいきなり切られたのだった。
それでも、「トリオ」は、一瞬もひるむことなく、何事もなかったかのように、ノンPAで、ますます熱い演奏が繰り広げられたのだった。
ジャズは「肉体だ!ノン・エレクトロニクスだ!」と知らされた。
そして、東京に出て来た直後(1973年)
何故か、池袋パルコの中二階で、山下トリオの演奏に遭遇したことがあった。
これは、モロ至近距離で☆
正に、脳天をぶち割られたような衝撃が体中を突き抜けた。
東京は恐ろしいところだと思った、だから、出てきた良かったと思った18才の私がそこにいた、、、。

|

誕生日☆

9月1日

鯨飲と馬齢重ねて「秋」に入る

1954年(昭和29年)のこの日に「生」を受けました。

考えてみると、「敗戦」から、まだ10年も経っていなかったわけです。
世の中、全体的に「物が無い時代」でした。
でも、その中にあって、写真を見返しますと、子供たちの「笑顔」は、皆はちきれんばかりに輝いています。

あと何年生きれるか判りませんが、
「つまらないこと(ひと)」には、できるだけ関わらないようにしていきたいと思っています。
「残り時間」は、そんなにはない、のです、、、。

(若き日に抱えた)「宿題」を少しづつやっていきたいと思っています。

一に「健康」二に「健康」三四がなくて五に「健康」exclamation ×2

この年になると、生きている(生かされている)こと自体「ありがたい」ですね。
皆様もご自愛下さい。

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