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2007年4月20日 (金)

和だが洋?

7日
渡辺薫(笛各種、fl)
八木美知依(筝)

「初めまして」セッション。
(ただ、三日前に、八木さん宅で「リハ」が行われたので、厳密に言うと「どうも」なのだが)

薫さんのリクエストと私の推薦で(どっちが先立ったか?)決まった本日の「duo」
ある意味で「日米対決」とも言えるセッションなのだ。

というのは、、、
薫さんは、セントルイス生まれ(マイルスと同郷だ!)で、N.Y.の音楽大学を卒業して、後、『鼓童』の研修生として佐渡に渡り、そして『鼓童』から「独立」して(『鼓童』の舞台監督としても活動)、また、N.Y.に戻り、現在に至る。
ということで、彼の中では、英語の方が「母語」で、日本語は「後付」な言葉なのだ。
そういう意味で、薫=日本&アメリカ人(そのパーセンテージは?)

双方のオリジナル、それ以外の楽曲、など。

薫さんの「ジャズ的なるもの」の表出のあり様が「非ジャズ的」で面白かった、との八木さんコメントあり。
この、いい意味での「ズレ」が、「ジャズ」でもなく「邦楽」でもない(グローバルな)「何か」が、本日生まれたのだと思う。

薫さんより、明日、ピアノの大御所Yさんと会うので、その「資料」のために、「何か」聴かせてほしいとのリクエストから、
ほんとに久々に『ミナのセカンド・テーマ』から(B面2曲目)『グガン』をかける。

その流れで、富樫さんの『セッション・イン・パリ vol.2』(ドン・チェリー、そして、「我が師」チャーリー・ヘイデン☆)
も久々に、ターンテーブルに乗せる。
『ソング・オブ・ソイル』が懐かしい。
当時、私がやっていたバンド(『パーカッシヴ・ユニティ』)で、その曲をコピーして、良くやっていたのだ。

富樫さんと、その頃(1979年)『ニュー・ジャズ・シンジケート with 富樫』の企画で、初めてお会いし、演らせてもらった、正にその前後のアルバムなのだった。

その「出会い」から、1980年の4月増上寺でのコンサートに呼んでいただいた。
(with 梅津和時、服部勝二(tp)、雨宮拓(p))

その後、店をやり、富樫さんに出演したもらうなどとは、当時1秒も考えなかったなぁ、、、。

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